18日てんでんこ 失われた風景4

朝日新聞2017年3月16日3面:集団移転。空や海の風景と引き裂かれた人たちの心はどうなっていくのだろう。 愛知県の郊外で育った写真家、志賀理江子(36)制作意欲をかきたてたもの。それは、震災の2年半前から住む宮城県名取市北釜地区の古老たちの話から伝わってくる、ゆったりと流れる時間とともに形づくられてきた土地に根ざした暮らしやその歴史だった。
震災の前年、志賀は桜井泰治(90)に数十年前のモノクロ写真を見せてもらった。松林を開墾して畑にする作業に仁王立ちで立ち会う父親の姿だった。実際に松の根を掘り起こしてみたくなり、桜井の土地にあった松の切り株の周りを掘ってみた。
驚いたことに湿り気を帯びた根がびっしりと長く生えていた。体中に広がる血管のようなその根が、桜井の父親に思えた。「おじいさんと根がつながっている写真を撮らせてください」。根を半分に切って一方をクレーンで持ち上げ、桜井の体が根に貫かれているかのような写真ができあがった。洋の東西を問わず、大地には時に人々に恵みを与え、時に地震など厄災をもたらす「地霊」が宿るという話がある。近代的で便利な生活が広がる中、天災など苦難を乗り越えて先祖の代から土地との強いつながりを持ち続けてきた人々に、志賀は「地霊」めいた精神性を感じざるを得ない。
津波でいったん中断した制作活動は約半年後、仮設住宅から通いながら再開した。すっかり親しくなった地区の人たちも頼まれると避難場所から集まってきた。高橋学(66)は志賀に求められるまま、家族全員でカーテンをかぶって松林を歩いたり、仲間と一緒にスコップを持って穴掘りをしたりした。「志賀ちゃんがお願いすることは、ほんとわけわかんねえべなあ」と苦笑いした。
完成した作品は2012年秋、写真展「螺旋海岸」として仙台市の「せんだいメディアテーク」でお披露目された。制作した最後の作品は震災後、北釜で拾ってきた石や岩を白く塗って撮影した。招待された北釜のお年寄りたちは「死に化粧みたい」「白粉を塗った花嫁さん」と面白がった。
北釜の集団移転先は駅が近く、お年寄りには便利になった。一方で、農業をやめてしまった人もいる。畑に通うなどしながら体が記憶してきた、あの空や海や道などの風景と引き裂かれた人たちの心はどうなっていくのだろうか。(森治文)

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