17日てんでんこ 失われた風景3

朝日新聞2017年3月15日3面:一生の宝物になったアルバム。見ると、悲しみと懐かしさがない交ぜになる。 東日本大震災で家を失うまで、ふるさとの宮城県名取市の北釜地区を離れたことがなかった鈴木かつ子(84)。8年余り前に写真家の志賀理江子(36)に初めて会った日のことをよく覚えている。
地区の真ん中にあるお寺近くの広場で、老人会の友人とゲートバールをしていた。すると、松林の方から歩いてくる志賀の姿が見えた。「髪が短かったから遠目には女か男かさっぱり分かんかった」
頭を下げた志賀は「海岸沿いをたくさん歩いた中で、ここが一番気に入った」と言った。その後も何度もゲートボール場に姿を見せ、親しくなった。志賀が北釜に居を構えながら震災前の地区の行事を撮影し、震災のあと、全戸に配った「北釜写真アルバム」は、かつ子には一生の宝物になっている。
震災前、かつ子が子どもの成長や結婚式などの事柄ごとにきちんと分けた一家のアルバムは、母屋の東隣に建てた離れに大事にしまっていた。ところが、太平洋に面したその東側から津波が押し寄せ、建物は残ったものの、アルバムは全てどこかに流された。その後、拾われて戻って来た家族写真は数えるほどしかなかった。
かつ子は津波で97歳だった母と、妹を亡くした。体調を崩して寝込むことが多かった夫は早めに避難して無事だったが、その後容体が悪化し、2カ月後に入院先の病院で81歳で帰らぬ人に。さらに、内陸の農家のもとへ「出稼ぎ」に行った長男はがんや糖尿病を患い、昨年9月に61歳で亡くなった。80ページほどの北釜写真アルバムで、かつ子がいつも開くのは、お寺のお堂でご詠歌を唱える女性たちの集合写真だ。
正座するかつ子の後方に、かしこまった表情の妹が立っているのが映っている。夫は地区総会の懇親会の写真でビールを飲みながら仲間と楽しそうに語らう。ゲートボールの写真を見ると、「この人も、あの人も」。悲しみと懐かしさがない交ぜになる。
神社の例大祭に花の種まき、防災訓練、夏祭り、運動会・・・。どの写真の表情も、みんな平和そうだ。でも、高橋学(66)は、まだ3回ぐらいしかアルバムを開けていない。見ると思い出があふれ過ぎるのだ。「写真は怖いくらい気持ちをえぐるんだや」(森治文)

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