16日てんでんこ 熊本地震1年4

朝日新聞2017年4月14日3面:「九州初のペンション村だから、復興のモデルケースに」 「ここにあった階段ごと、崩れました」おしゃれな家が立ち並ぶ小高い丘の際に、赤茶けた土肌をあらわにした崖が迫る。
南阿蘇村の「メルメン村」。38年前ここに「風の丘野ばら」がオープンした。九州のペンションの先駆けとされる。その建物は熊本地震で全壊、すでに解体された。妹家族を含め10人で暮らしていた2代目経営者の栗原有紀夫(52)は再建を目指すが、地震から1年経ってものその場所や、どこまで支援が受けられるかが決まらない。
地震前までメルヘン村では6軒が営業し、他に2軒民家があった。ここに続く道路も、崖も、すべて私有地。お金を出し合って直すのは不可能だった。そのうち、崖の一部は公共工事で直せることになったが、「お客さんは泊ってくれるのか」「安心して住み続けられるか」。経営者たちの多くは、移転を考え始めた。
東日本大震災では、「防災集団移転」という事業手法が多用された。津波が来る危険のある場所は、国費で土地を買い取り、高台の安全な場所を造成するなどして分譲してくれる。メルヘン村の代表になった栗原は、そういう制度があることを知り、村役場に相談した。しかし、適用には問題があった。
移転先には原則10戸以上住まなければならない。10戸未満のメルヘン村は対象外だ。東日本大震災や新潟県中越地震では、特例で5戸以上に緩和されたが、熊本地震ではまだその措置はない。また、現在の土地が危険であると認定されなければ移転できないが、津波と地震では判断基準が違う。そして、住宅のための制度なので、仕事場を兼ねるペンションはどこまで適用されるかわからない。
3月、私はメルヘン村の経営者と村職員、村委託のコンサルタントが集まった勉強会を傍聴した。「国に色々要件緩和を要望するにも、まず何軒移転するか決めないと」という村側に経営者は「場所や広さ、負担額がわからないと判断できない」。議論は進まない。
それでも最後には「ペンションの集団移転は例がないが、みなさんと一緒に考えていく」という職員に、栗原らも「九州初のモデルケースを作ろう」。両者の距離が近づいた気がした。こうした業者たちが本震1年の4月16日、新たな一歩を考えている。(東野真和)

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