12月4日 窓 やっと、「お父さん」と

朝日新聞2019年12月1日26面:鳥取市の女性(48)は23年前、大阪からUターンした再就職先で、夫(46)と出会った。昼休みにもビールを飲む、お酒の好きな人。そんな印象が違和感に変わったのは、長男が3歳になり、双子の姉妹を妊娠したときだった。病室に見舞いにくると、買ってきたカップ酒をあけてベッドの横で飲んでいた。私大に仕事に行かなくなった。朝から晩まで酒浸りの日々がつづき、暴言をはき、子どもたちに手を出した。長男は小学2年で円形脱毛症になった。保育園に通う次女のお絵かき帳には、黒のクレヨンでぬりつぶされた真っ黒なかたまりが並んでいた。専門病院に2カ月入院し、断酒会に通うと、夫は酒を断つことができた。例会や研修旅行。同じような境遇の人や家族が体験を告白し、励ましあう活動が夫婦の支えになっていった。夫がこのまま酒に手を出しさえしなければ、家族は幸せー。それが幻想だったと気づかされたのは2018年、断酒9年目を迎えた春だった。「お前さえいなければ」。中学2年になった次女が台所の包丁を持ちだし、夫に向かってそう叫んだ。学校に行くか行かないかで口論になった末、夫が次女を突き飛ばしたことがきっかけだった。次女の目は本気だった。夫が包丁を奪い取ったすきに、女性は次女に駆け寄り抱きしめた。その肩はふるえていた。「娘に包丁持たせんな」。娘は泣きながら、そうつぶやいた。断酒会には週2.3回、夕食の時間に夫婦そろって出かけてきた。子どもたちと食卓をかこんでも、夫と2人、断酒仲間の心配ばかりしていた。会の集まりと授業参観が重なったときも、夫には会を優先してもらった。家族のためだと信じてやってきたことで、子どもたちを追いつめていた。夫を「あの人」と呼ぶ。娘たちのそんなサインさえ、見て見ぬふりをしてしまった。娘を抱きしめたまま、女性は何度も口にした。「ごめんね、ごめんね」断酒会をやめた。家族がかこんだ食卓で、夫はぎこちなく、子どもたちに話しかけた。「今日何してた」「宿題は」無反応だった子どもたちが返事をし始めた。「ねぇ」「あのさ」。子どもたちから話しかけてくることが、少しずつ増えていった。4カ月ほどがたち、次女が聞いてきた。「断酒会、行かんでいいの?」今年10月。地元の福祉センターには30人ほどを前に発表する夫の姿があった。「思い込みかもしれんけど、最近子どもと向き合えているような気がします」断酒会に戻って1年がたっていた。女性は少し離れた席で聞いていた。思い込みじゃないですよ。あなたは変りました。「お父さん」。最近、娘たちがそう呼んでいます。(矢田文)

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