12月27日 池上彰の新聞ななめ読み

朝日新聞2017年12月22日15面:1面トップに「ABC予想」掲載の判断もまた難問 私の好きな小説のひとつの小川洋子さんの『博士の愛した数式』(新潮文庫)があります。小説の中のヒロインが「博士」と呼ぶ男性は「数論専門の元大学教師」。博士の部屋にある書籍といえば『連続群論』『代数的整数論』『数論考究』などという書名ばかり。「これほどたくさんの本があるのに、読みたいと思える本が1冊もないのは不思議だった」と描写されています。数学が大好きな博士は、たとえばこういう説明をします。「220の約数の和は284。284の約数の和は220.友愛数だ」 この博士は何の研究をしていたのか。「数学の女王と呼ばれる分野だね」「女王のように美しく、気高く、悪魔のように残酷でもある。一口で言ってしまえば簡単なんだ。誰でも知っている整数、1,2,3,4,5,6,7・・の関係を勉強していたわけだ」
この一節を思い出したのは、本紙12月16日付朝刊の1面トップを見たからです。そこには大きく<数学の長難問ABC予想「証明」>という見出しが躍っていました。これには驚きました。こりゃ一体何の話なのだ、という驚きです。大きく扱われているからには、大きなニュースらしい。前文には<長年にわたって世界中の研究者を悩ませてきた数学の長難問「ABC予想」を証明したとする論文が、国際的な数学の専門誌に掲載される見通しになった>と記述されています。こう書かれると、ニュースらしい。では、「ABC予想」とは何なのか。
<ABC予想は、整数の性質を研究する「整数論」の難問で、85年に提示された。整数aと整数bの和がcのときに成立する特別な関係を示す> なるほど、そういうことなのか・・などとは言えません。何のこっちゃ、です。これは果たしてニュースなのか。
私はよく朝日の記事のわかりにくさを批判しますが、この記事は批判のしようがありません。そもそも全く理解できないからです。理解できないものを評することはできませんが、だからといって、こんなものを掲載するな、と言いたいのでもありません。こういう記事が掲載されることがあるから新聞というのは面白いものなのです。
それにしても、1面トップに据えるとは、この日の紙面の責任者には勇気があります。「なんだ、この意味不明の記事は」「これがニュースじか」という読者のお叱りが予想できるからです。「もっと大事なニュースがあるだろう」という文句もありそうです。では、この日の朝刊で他紙は何を1面トップにしていたのか。
毎日は来年度予算案の額を決める最終調整に政府が入ったという記事。読売は「平成時代」と銘打った企画シリーズの初回。日経は地方銀行の経営不振の現状に関するリポートです。こうした記事を見ると、業界用語で「暇ネタ」ばかり。大きなニュースがない日の紙面づくりです。この記事は、こういう日のためにしばらくストックされていたのではないかと推測してしまいすが、実態はどうだったのか。
新聞社は、日々の紙面に関し、「紙面審査報」にような形で社内の担当者が記事を論評する仕組みを作っています。きっとこの記事の掲載をめぐっては、批判もあったのではないでしょうか。でも、12月18日付朝刊の「天声人語」が助け船を出します。この記事について<寸毫も理解できぬ身ながら、「整数論における最大級の未解決問題」と聞けば心は躍る>。
これが「正直な感想でしょう。まるで日本人がノーベル物理学賞を取ったときのような反応です。こうなると、新聞に掲載すべきニュースとは何か、という問題に逢着します。読者のみんなが理解できなくてもニュースだと思えば報じればいい。いやいや、そんなことを続けていたら、紙面はひとりよがりになる。議論は尽きません。
掲載の判断もまた難問なのです。 🔶東京本社発行の最終版を基にしています。

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