12月26日てんでんこ 奥尻から【9】

朝日新聞2017年12月22日3面:全焼でも保険金は出ません。「そんなばかな」。漁師たちは訴訟に立ち上がる。 1993年に起きた北海道南西沖地震による津波の後、奥尻町は11時間も火災が続いた。全壊437棟の半数近くは住宅全焼だ。消防車はがれきで動けなかった。だが、火災保険は適用されなかった。約款に「地震や津波による損害は、保険金を払いません」(地震免責)とある、というのだ。「そんなばかな」。元漁師の高杉鶴男(74)は怒った。地震の翌朝、自宅の無地は確かめており、その後、燃えたのだ。
延焼防止のため自宅を取り壊されたり、新築の家が焼かれたりした人もいた。保険金が出なければ、借金返済だけを迫られる。共産党町議だった制野征男(74)が顧問になって約70人で火災保険を請求する会を結成し、大手損害保険会社などを訴えた。全国からカンパが届き、町も費用の一部を援助した。1995年の阪神大震災で被災した神戸市でも同様の訴訟が始まり、励まし合った。
しかし、被告の損保会社は自信たっぷりだった。大正期の関東大震災で、当時の最上級裁判所である大審院の判決が地震免責の有効性を認めている。64年の新潟地震後に地震保険制度ができ、火災保険契約時に地震保険に入らない人は「意思確認欄」で不加入を確かめた押印もありますよ、と。
でも、それらを知らないからもめているんじゃないか。島の保険代理店の家も地震保険に入っていない。ちゃんと説明したのか? 札幌市の松村弘康(71)、房川樹芳(66)ら原告弁護団は実態を疑った。契約の実務をした漁協職員や信金元支店長らも証言した。積極的には説明はしていない。一部はパンフも見せなかった。魚協は組合員の印を預かっており、サービスで捺印もしていた。
約款の存在までは否定できず、2005年に最高裁で原告敗訴が確定する。ただ、一審の函館地裁では魚協など3組合が和解に応じた。損保4社は拒否したが、地裁は「地震免責や地震保険が広く知られているとは言えない」と認め、一層の周努力を求めた。一矢報いたが、高杉は不満だ。まさかの時に役に立たない保険なんて。再建した家は結局、地震保険に入らなかった。全国の火災保険契約者のうち地震保険加入率は31%(93年当時7%)。東日本大震災でも3日後の火災も免責なのか、などとする訴訟が続いている。(伊藤智章)

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