11月29日てんでんこ 皇室と震災【14】

朝日新聞2017年11月24日3面:「色々な活動に堪えて成し遂げて下さい」。励まされて感動し、活動を続けた。
北海道南西沖地震から約6年後の1999年8月、天皇、皇后両陛下は復興状況を視察するため、再び奥尻島に赴いた。奥尻街海洋研修センターで、復旧や復興に尽力した団体の代表者をねぎらった。89年から日本赤十字社の名誉総裁を務める皇后さまは、同町赤十字奉仕団委員長だった村田ヒトミさん(69)の胸の赤十字と書かれた名札を目にして「大変ご苦労様でした。災害の時には、どんな活動をされましたか」と尋ねた。
村田さんが「実はお恥ずかしいことですが(奉仕団は)災害の後に結成いたしました」などと答えると、皇后さまはうなずき、「団員は何人ですか」と重ねて質問した。「これからも色々な活動に堪えて成し遂げて下さい」。皇后さまから最後にそう励まされた。感動し、その後も防災訓練での炊き出しや、募金活動を通じた被災地への見舞金送付など、細々とだが活動を続けてきた。
地震が起きた時、ホテルで働く傍ら珠算教室を開いていた村田さんは自宅2階で珠算検定の準備中に被災した。自宅から海はすぐ近く。「尋常ではない揺れ」に、1階にいた母と高台に駆け上がった。けがはなく、仕事先にいた父と夫も無事だったが、自宅の建物に漁船が突っ込み、漂流物が押し寄せた。
青苗中学校体育館(当時)に避難した。しばらくは何も考えられなかった。でも、避難所に届く温かいおにぎりを数日食べているうちに、これは一体誰が作っているのか、自身も何かしなければ、と思った。現場にいた赤十字の人らに相談すると、待ってましたとばかりに5升炊きの釜や大鍋などを渡された。仮設住宅に入居するまのでの間、毎日300~500人分ほどの食事を作り続けた。朝の4~5時に取りかかり、1日3食を作り、翌日の献立作りや下ごしらえで終えると、夜の10時を過ぎた。
体力の限界を感じて相談すると道内の赤十字奉仕団が手伝いに来てくれた。地域に奉仕団が必要と思っていると、町から結成の話があり98年3月、初代委員長に就いた。その月、町は「完全復興宣言」を出した。
両陛下はこの年、誕生日にたっての文書や記者会見で復興宣言に言及した。皇后さまは「年間の明るい出来事の記憶」に一つとして、奥尻島の復興宣言を挙げた。(多田晃子)

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