11月29日 ザ・コラム 吉岡佳子(編集委員)

朝日新聞2017年11月23日12面:中国発のスマホ革命 独裁国家が握る個人の信用 バンコクを拠点にアジアの各地を取材するようになって5ヵ月が過ぎた。日本を離れて気づくことは、多い。その一つは、「Vivo(ビボ)」「OPPO(オッポ)」という中国の新興スマホの旺盛な出店だ。この原稿を書いているラオスの首都ビエンチャンでも、空港に着いたとたんに広告が目に飛び込んできた。
北京に駐在していた4年前には、本国ですらそれほど目立たなかったブランドである。私も米アップルのiPhone(アイフォーン)の半額ほどで買った「OPPO」を、試しに使い始めたところだ。もう一つは、ネット通販大手「阿里巴巴(アリババ)」グループの創業者、馬雲(マーユン)氏(53)の存在感である。英語名で、ジャック・マーと呼ばれる。
マー氏の動向はメディアで頻繁に伝えられ、現地の言葉に翻訳された伝記や発言録が人気だ。2週間ほど前、アジア太平洋経済協力会議(APEC)が開かれたベトナム中部ダナンの小さな書店でも、トランプ米大統領にかかわり本の隣に並んでいた。中国で「世界的ベストセラー」とはやされる国家主席習近平(シーチンピン)氏にまつわる本はあまり見ない。日本の経営者では、亡くなったトヨタ、ホンダ、松下(現・パナソニック)の創業者の本は今でも棚にあるが、存命者で言えば京セラ名誉会長の稲森和夫氏(85)がひとり気を吐いている状況だ。
ニューヨーク市場で世界最大規模の上場を果たした「億万長者」(ベトナム紙)のマー氏は、日本で想像されている以上に、アジアが生んだ「デジタルスター」だと今さらながらに感じる。マー氏は、世界の首脳がもっとも会いたい経営者の一人だろう。マレーシアやインドネシア、タイの首脳らも関係作りにいそしむ。アリババの通販は巨大市場、中国の消費者へとつながる道だからだ。
「失敗が強くしてくれる」「あきらめなければ最後のひとりになれる」APECの直前の今月6月、マー氏はハノイにいた。電子決済にかかわるセミナーに招かれ、大学生ら約3千人を前に起業の精神を熱く語っていた。「私は、(著名な投資家)バフェットにもビル・ゲイツにも大統領にも会える。でも、情報は会社の仲間と必ず共有する。一人では長く遠くには走れないよ」
ネット上に公開された講演を見た。ワイシャツに地味なグレーのパンツ姿で誠実に語るマー氏に、若者の瞳がきらきらしている。私も思わず、引き込まれる。フック首相とも会い、現金払いが大半を占めるベトナムで、スマホを含む電子決済を広げようと協力の強化を約束した。
屋台での支払いからお年玉のやりとりまで、個人の銀行口座などとつながるスマホ決済「アリペイ(支付宝)」は中国をキャッシュレス社会のトップランナーに押し出した。安いスマホの普及とあいまって、他社による類似のサービスを含めると、中国で5億人が使う。世界でも現地企業との提携で30カ国以上に広がる。支えとなるのは、独自の信用情報の管理システムだ。
スマホを用いた決済などの行動から蓄積された個人の信用情報を、ビッグデーター技術などを用いて解析する。たとえば、さちんと宿泊費を払ったり、シェア自転車を指定の場所に戻したりするお客は優遇される。将来はひとりずつ金利が違う預金や借り入れも可能になるだろう。中国ではマナーや治安の向上につながる好循環が評価されている。地方政府とも提携し始めた。
いっぽうで、人々の信用は「スマホ」に握られ、人間関係や生活にかかわる細かな情報が管理する会社に蓄積されていく。利便と監視、選抜と排除ー。スマホ決済に限らず、デジタル社会に共通する矛盾多き課題だ。この分野で先行するアリババなどは民間会社とはいえ、基盤は独裁国家中国にある。都合の悪い情報が国内に入るのを遮断し、恣意的に活用するインターネットの「長城」を築いている。その国家の「信用」を、誰が、どう解析するのか。中国発で広がるスマホ「革命」が変えるのは、中国か。世界か。壮大な実験が、私とあなたの手のひらから始まっている。

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る