11月23日 見えないルーラー「11」

朝日新聞2019年11月17日4面:ネットで単発労働 自由と不安と インターネットを通じて単発の仕事を請け負う「ギグワーカー」がめだち始めた。背景には人工知能(AI)など、「仕事」と「人」とを結びつけるテクノロジーの進化がある。その新しい働き方の頭上には、これまでになかった支配者の気配も見え隠れする。(牛尾梓=ロサンゼルス、大津智義) ベッドから起き上がると、栄養ドリンクをまず飲み干す。そのまま半袖短パン姿で机につく。23年間勤めた電機メーカーの販売代理店を辞め、2年前に専業のギグワーカーになった北九州市の男性(50)の日課だ。自宅にパソコンさえあればいいので、同居する79歳の母親の面倒を見ることができる。職場での人間関係のトラブルもない。仕事は単純なものが多い。不動産情報サイトに駅名を入力してヒットした件数を報告したり、ブログに暴力や薬物などの書き込みがないか確認したり。1件2~4円の仕事を1日約1万件こなしている。やる気次第で、時給は1500円にも2千円にもなるギグワーカー。しかし、いいことずくめとは言い切れない。男性の待市にの睡眠は、仕事の合間に分けて取る2回の仮眠。平均すれば1日3時間ほどだ。「仕事の量をこますには、睡眠を削るしかない。いつ仕事が減るかもしれず、できる時にならないと」。寝る間を惜しんで働いて、男性の月収は40万円ほどと会社員時代と変わらない。「もっと自分にしかできない仕事がしたい」と思うこともある。動画編集を勉強したいが、今はそれに割く時間がない。フリーランスの仕事仲介サイト大手「ランサーズ」(東京)によると、ギグワーカーはかつて、ウェブ制作といった創造性が求められる仕事が多かった。しかし最近では、経理や秘書といった事務系にまで職種が広がっているという。東京都北区に住む男性(36)は「ウーバーイーツ」の配達員など四つの配送を掛け持ちしている。2年前、子どもの誕生をきっかけに会社を辞めてあえてギグワーカーになった。看護関係で働く妻(38)が勤めに出る日曜、祝日は、2歳になる娘の面倒を見るのが男性の役目。時間が選べる働き方は「すごく便利で、そうでなければ共働きの家庭が回らない」と感じている。仕事はスマートホォンのアプリで見つけ、配送ルートや報酬もすべて機械が決めてくれる。朝から晩まで空き時間ができぬよう、こまめにチェックしている。テクノロジーの恩恵を享受してきた男性が「この仕事をずっと続けることはできないな」と感じ始めたのは今春。配達中に交通事故に遭ってケガをしたときだった。明日から働けなくなっても、補償は何もない。そんなギグワーカーの不安定な労働環境は米国ですでに問題になっている。 夜通し運転 最低賃金割れも 空が白み始めている。米ロサンゼルス市内はまもなく午前6時。ルイス・バスコスさん(40)は、前日から19時間も車のハンドルを握り続けている。ライドシェア(相乗り)配車アプリ「ウーバー」と「リフト」の運転手になったのは3年前。当時は運転手が少なく、手数料込で週に5千㌦(約54万円)を稼ぐほど仕事があった。風向きは1年足らずで変わった。運転手の希望者が急増して競争が激化。アプリの運営会社は、乗客が払う代金から微収する手数料を大幅に引き上げた。当初は20%ほどだったものが40~50%程度になった。「もっと稼がねば」夜通し、車を走らせる悪循環に。シャワーを浴びる時間もなく、「車内が臭い」と言われて乗客からの評価も下がった。バスコスさんが毎日12時間近く働いても、週800㌦程度にしかならない時も。時給に換算すると、カリフォニア洲の最低賃金を割ることがある。しかし運営会社は、運転手は雇用関係のない「個人事業主」なので最低賃金を保障する必要はないと主張。手数料の根拠も、運転手としての運行履歴のほか、住居地の郵便番号やクレジットカードの使用履歴をもとに「AIが算出している」と説明を避けた。ライドシェアの運転手はロサンゼルス市内だけで10万人以上いて、うち約3割が専業とみられる。「車のローンを払いながら、車上生活をしている人も少なくない。持続可能なビジネスではない」。2018年に結成された労働組合「ライドシェア運転手連合」を取り仕切るアイバン・バルドさん(33)は指摘する。今年5月には、ライドシェア運転手が全米や英国などで一斉にストライキと大規模な抗議デモをした。切実な声に押され、ギグワーカーを保護する動きが出始めている。9月には、ウーバー本社があるカリフォニア洲で、個人事業主でも条件次第で企業側から最低賃金の保障などを受けられる州法が成立。フランスでは、ギグワーカーの労災保険の負担を企業に義務づけ、組合を結成できる団結権を保障する。バスコスさんは警告する。「テクノロジーの奴隷のような生活は近い将来、日本でも必ず起きる」 働き手保護 動き鈍く 企業と雇用関係は結ばずに個人で仕事を請け負う働き手は国内でも増えているとみられる。厚生労働省は今年4月、そうした働き手が約170万人とする初の試算を公表。政府はその保護策の検討を始めた。ギグワーカーらは企業の健康保険や厚生年金には加入できず、最低賃金や労災、失業手当といった労働関係法令も原則適用されない。まずは企業が個人事業主と結ぶ契約条件の明示や、契約に関するルールの明確化といった課題にどう対応するか議論する。しかし、結論を出す時期について、同省の担当者は「未定」と口を濁す。ギグワーカーをはじめとするこうした働き手は多様な労働形態を取るため、保護の対象をどるするのかを決めるだけでも難しいからだ。荒木尚志・東京大教授(労働法)は「配達員のようにアプリを通じてだったり、自宅に居ながらのクラウドシーシングだったりと多様な働き方がある。最初から一律ではなく、労働形態に見合った保護策を探ったていく必要がある」と指摘する。テクノロジーの急速な進歩で、働き手を巡る環境は今後、めまぐるしく変わるだろう。新しい形の働き手を守るため何が必要なのか。その問いが突きつけられる先には、ギグワーカーだけとは限らない。

 

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

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