11月21日 多事奏論 編集員 稲垣康介

朝日新聞2019年11月16日13面:札幌でマラソン 日本の勤勉さ見透かした決定 「合意なき決定」と恨めしさをにじませた小池百合子都知事ならずとも、東京五輪のマラソンと競歩の札幌への移転は青天の霹靂だった。縦鼻が水の泡になった東京都や大会組織員会の担当者は、選手の健康優先という「正論」には反対しにくいものの、国際オリンピック委員会(IOC)の強引な手法に憤りを禁じ得ないだろう。一歩引いて、IOCを長年取材してきた視点からは、違った見方ができる。IOCの事務方から「準備が遅れ、大会が無事開催できるかが心配だったリオデジャネイロやアテネと違い、東京は安心だ」という賛辞を招致決定直後から再三聞かされた。私は準備の当事者でもないのに、日本人としての自尊心をくすぐられた。皮肉にも、「勤勉で責任感が強い日本人」というIOCの日本評こそが、唐突な札幌移転という難題を押しつけられた一因だと思う。例えば、2004年のアテネ五輪ならIOCは無理強いしなかったはずだ。私は1年前からギリシャ駐在の特派員として見届けたから、自信がある。典型例がマラソンだ。スタート地点となるアテネ北東の町マラトンは、近代五輪の第1回大会の出発点に使われ、「マラソン」の由来になった由緒ある地だった。しかし、開幕まで100日を切っても、スタート付近は道路を降り起こしていた。日本マラソン陣が試走した際、ある男子代表が「工事現場の人が休憩ばかり。せめて舗装はちゃんとしてよという感じ」とにが笑いしていた。アテネも酷暑五輪だったが、東京のようにコースに路面温度を下げる遮熱性の舗装を施す発想はなかった。今回、IOCは日本側なら無理を言っても、大会返上をちらつかせたりしないと見透かしていた。計画が決まれば無理をしてもやり遂げる。それが美徳とされ、ときに同調圧力となる空気が、この国にはある。東京五輪の最終日に男子マラソンの発着点として脚光を浴びるはずだった新国立競技場の建て替えは、典型例だろう。4年前、安倍晋三首相の決断で計画が白紙撤回され、着工は当初から1年以上遅れた。ギリギリの工期を乗り越え、新スタジアムは11月末に完成する。その過程では違法残業などの法令違反が見つかり、労働基準監督署から事業者に是正勧告が出た。現場監督から自殺者が出る犠牲を払った。 新国立競技場の事業主である日本スポーツ振興センター(JSC)は将来について、「100年後を見据え、大地に根ざす『生命の大樹』として周辺の自然と調和」することを掲げる。理念は素晴らしいが、競技場に「生命」を吹き込むのは建物本体ではない。選手の躍動であり、歓喜と落胆を目撃する観客の記憶が年輪を刻む。2年前、五輪担当相らの関係閣僚会議で将来的に競技専用に改修する方針が決まったが、陸上トラック存続案が水面下で勢いを増す。残念だが、どちらにも年間24億円の管理維持費を賄うのは難しい、事業運営権を民間に売却する構想があるが、税制上の問題があり、交渉は難航が必至だ。五輪を開くハード整備の対応能力は特異な半面、祭りの後でどんな風に生かそうかという発想は乏しい。特に公的施設はコスト意識が希薄になる。新国立競技場は巨費を投じた失敗例になるリスクが大きい。12月には門出を祝う盛大なイベントがある。JSCの大東和美理事長は、おそらくバラ色の青写真を描けていない実情を公表すべきだ。お目付け役のはずなのに、傍観している文部科学省やスポーツ庁に気兼ねしていては、時間を浪費するばかりだ。IOCは五輪が終われば、競技施設が「負の遺産」になろうが頓着しない。赤字が出たらスポーツくじの収益で穴を埋める安直な発想は禁物だ。スポーツ振興に回るべき財源がハコモノの維持に無駄に消えないよう、スポーツ愛好者は目を凝らそう。

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