11月20日 山腰修三のメディア私標

朝日新聞2019年11月15日13面:ジャーナリズムの未来「批判」の価値 私たちも高めよう 今年の新聞協会賞ををイージス・アショア配備をめぐる決定過程のずさんさを明らかにした秋田魁新報と関西電力役員の不正問題を報じた共同通信が受賞した。経産相と法務相の辞任につんがった週間文春のスクープやNHK「クローズアップ現代+」の日本郵便かんぽ不正に関する報道も含め、ジャーナリズムの面目躍如たる観がある。「権力に対する番犬」を自任するジャーナリズムの世界は、不正の「告発」や「批判」を高く評価し、それが民主主義におけるジャーナリズムの存在意義だと考えてきた。しかし現在、こうしたジャーナリズムの世界で共有された認識や自己評価と、ジャーナリズムの世界の外の理解や評価との間に大きなギャップがあるように思える。原因の一つは言うまでもなく、メディア環境の変化にある。ソーシャルメディアの発達で、誰もが「告発」し「批判」することが可能になった。その結果、社会でこれらの役割を担ってきたジャーナリズムの「特権性」が相対化してしまったのである。実際に名もなき個人のソーシャルメディアを用いた「告発」や「批判」が政治や社会を動かす「成功例」も数多く生まれている。それゆえ、ジャーナリズムだけが特別な力を持っているかのように振る舞うことに対する疑問や反感も生まれてくる。ソーシャルメディアには、ジャーナリズムの取材手法に対する不満や抗議、新聞やテレビが政治家を「上から目線」で批判することに対する反発があふれかえる。これは「告発」や「批判」を根拠づける説明責任が、今まで以上にジャーナリズムに求められていることを意味する。なぜ告発したのか、なぜ批判したのか、という説明が必要とされる。それは取材や編集の過程で行った判断と理由を外部へ説明することでもある。「良い報道」をすれば、社会はジャーナリズムの必要性を自然に、あるいは自動的に理解してくれる。という前提はもはや成立しない。「良いジャーナリズム」とは何かを根拠をもって積極的に説明しなければならない。新聞週間のような形でこれまでも取り組んできた、という反論もあるだろう。だが、新聞週間のキャンペーンは基本的に新聞読者にしか届かない。しかも、新聞読者は減少しつつある。さらに言えば、残念ながら新聞読者も新聞週間の特集をどれほど読んでいるのか定かではない。業界の「内輪受け」を超えた、積極的な説明の戦略が必要である。ニュースサイトで詳しい専門ページを設けてもよいし、ソーシャルメディアを用いて拡散する仕組みを検討する必要もある。ジャーナリズムによる「批判」や「告発」がなぜ必要かを繰り返し説明する「文化」を作ることが肝要である。一方で、私たちもそうした説明に真剣に耳を傾けることが求められる。ジャーナリズムが説明責任を適切に果たす場合、ジャーナリズムに対する私たちからの批判もその説明を踏まえて行う必要がある。だがそれ以上に、今日のメディア環境の中では、私たちもジャーナリズムと同じ倫理や規範を持つ必要がある点に留意しなければならない。私たち自身がソーシャルメディアを通じて公に「批判」し、「告発」できる存在となったのであれば、私たちもまた、そうした「批判」や「告発」に伴う説明責任を負うことになる。現代ほど「告発」や「批判」が求められる時代もない。公文書が改ざんされ、議事録が公開されず、あるいは記録すらされず、知らぬ間に大事なことが決定される。民主主義の「後退」とも呼べる状況が生まれている。なぜ自分たちが行う「批判」や「告発」が重要なのかを説明する文化を育てることは、そうした状況を変えていくための社会的な理解を深めることにもつながる。つまり、それが民主主義における「批判」の価値を高めることになるのだ。この文化の担い手はジャーナリズムだけでなく、私たち自身でもある。そんななか、ジャーナリズムは「範例」であり続けることが重要な存在意義となる、ジャーナリズムが模範を示し、自らの活動の意義と根拠、プロセスを説明し続ける限りにおいて、同様に伝達と拡散の力を持つ私たちも自らの責任について自覚できるのである。こうした「批判」の価値を高めるメディアの文化を育てることが期待される。ジャーナリズムはそうした批判に謙虚に耳を傾け、より良い取材方法や批判のあり方を考えていかなければならない。常識だと思われていた習慣や規範を見直す必要もあるだろう。それはジャーナリズムをより良いものにし、今日の民主主義における「批判」の意義を高めることに通じる。新たなメディアの文化を社会全体で作り上げていく好機である。 共有すべき倫理 現代の代表的なメディア研究者ニック・クドリーはデジタル化が進むメディア環境での私たちと社会との関係を検討している。主著『メディア・社会・世界』(慶應義塾大学出版会)におけるメディアの倫理に関する議論が示唆に富む。デジタル化以前は、情報の収集、編集、発信などにかかわる倫理はジャーナリズムが持つべきものとされていた。しかし、現代はソーシャルメディアを手にした私たちにとっての倫理としても発展させなければならない。つまり、今日のメディア環境においては、ジャーナリズムと一般のメディアユーザーとが共有すべき倫理が存在するという。こうした考え方は、コミュニケーションツールが様変わりした今、ジャーナリズムと私たちが共通の文化を作り上げていく方法を模索する手がかりとなる。

 

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