11月18日 老後レス時代 エイジングニッポン「2・3」

朝日新聞2019年11月12日3面:動けぬ「会社の妖精さん」 日本を代表する大手メーカーを数年前に辞めた元社員の女性(34)はこう証言した。会社に「妖精さん」がいたー。フレックスタイムを使って午前7時前に出社、タイムカードを押してから食堂へ。コンビニで買ったご飯を食べ、スポーツ新聞を読んでゆったり過ごし、他の社員が出社する9時前に静かに自席に戻っていく。その実態は、メーカーに勤める50代後半で、働いていないように見える男性たち。朝の数時間しか姿を見せないので、若手の間で「妖精さん」と呼んでいる。1970年代以降に採用され、工場勤務。海外への工場移転や新しい機械の導入で、50歳を過ぎて事務部門に配置転換されたという。社内では、パソコンは「ひとさし指の一本打法」で、仕事もないのに「エア残業」しているとの批判もあった。かつてがむしゃらに働き、日本の製造業が強い時代を支えた人たちだ。「仕事へのやる気もなく、ただ定年を待つだけに見える。会社は解雇もできず、他に移すポジションもない。若手はストレスがたまる」この女性は、同社に10年近く勤めた後、IT企業に転職した。「妖精さんたちの定年退職も決まり、これ以上、一緒に過ごせない。もっと若くスピード感のある会社」と考えた。週末の夕暮れ時、この会社近くの焼き鳥屋で、話を聞いた女性と同じメーカー勤務の男性(58)と記者が知り合った。ほぼ毎日6時ごろからビールを飲んで帰る。単身赴任中の男性は「娘が大学生だからもうちょっと働かないとね」。 年功雇用の限界 人材開発が専門の立教大学教授の中原淳さん(44)はこう分析する。「おじさん個人の問題ではなく、日本社会や企業の問題です。新卒一括採用の終身雇用では、若い頃は賃金以上に働き、高齢になったら生産性より賃金が高くなる。転職しても賃金が下がるので動けない。ホステージ(とらわれている)状態です」 総務省の統計によると、65歳以上の高齢者の就業者数は08年に553万人だったが、18年には862万人に増加した。65歳以上の就業率も19.7%から24.3%に上がっている。長く働くのはひとつの選択肢だが、意欲的に仕事を続けられるか。中高年の働き方について、中原さんはこう話す。「会社に残るか、賃金が下がってもやりたい仕事をするか。自分で自分の将来を決断する勇気が必要です」(真海喬生) やりがい優先人生変えた 会社の「ホステージ」にならず、外に出る決断をすれば収入は大きく減る可能性が高い。労働政策研究・研修機構(JILPT)の研究所長、濱口桂一さんは「年齢にもとづく雇用システムは持続可能ではない。さりとて、日本で年齢にもとづかない雇用システムをつくるのは簡単ではない」と話す。欧州では手厚い公的支援のある教育費、住宅費などが、日本では年功的な賃金でまかなわれてきたことが大きい。それでもライフシフトへ、自ら一歩踏み出した人もいる。新潟県魚沼市の福山新田地区。住民約130人の半数以上を65歳以上が占める限界集落だ。西村暁良さん(53)は17年、国の事業「地域おこし協力隊」の隊員として、首都圏から移り住んだ。無農薬の稲作に挑み、今秋が3度目の収穫だ。ここに来る直前まで外資系製薬会社ヤンセンファーマの臨床開発チームを率いていた。若い頃は給料に見合う仕事をしてきた自負はあったが、部長職になって収入は恵まれても、仕事の中身とずれを感じることもあった。魚沼市と結んだ3年間の契約では、報酬相当額として月額18万円、車両費、住居費は別途支給。「ネット通販に手を出しすぎなければおつりがくる」と話す。重さ30㌔の米袋を担ぎ、冬には約4㍍にもなる積雪と向き合う。70代、80代が元気に働く集落では、50代はまだ若手である。 社員経験生きた 役に立つのは、サラリーマン時代の経験だ。営業や企画などのノウハウに加え、どんな上司ともつきあう忍耐力が、集落の住民と粘り強く交渉する協力隊の活動に生きるというのだ。福島県川内村に移住した横山祐二さん(59)の経験とも通じる。アパレルの三陽商会に30年勤めた後、同社とバーバリーとのライセンス契約終了を機に希望退職した。今は温泉施設やレストランを運営する第三セクター「あぶくま川内」の取締役営業部長だ。東京電力福島第一原発事故で村は一時、全住民が避難を余儀なくなれた。売り上げを震災前に戻す。そんな明確な目標を掲げ、日々の売り上げにこだわる。そこには会社員時代と同じ。だが、「元の会社にしがみついていたら、このモチベーションは維持できなかった。すべてをリセットしてゼロからスタートしたことが大きい」と話した。(志村亮、編集委員・浜田陽太郎)
朝日新聞2019年11月13日3面:想定されない女性たち 70代以降の暮らしを想像するもできない。そんな若い女性が増えている。神奈川県に住むオナさん(35)は大学進学後、友人たちと関係をうまく築けず、退学した。時給900円ほどのアルバイトで未明まで居酒屋で働きながら、医療事務の職業訓練校に通ったが、体調を崩した。自宅に引きこもった。一日中、部屋から出られず、音楽を聴いたり、本を読んだりして何年も過ごした。暗黒の20代だった。30代になり、引きこもりを脱してからは、実家を出て非常勤の仕事を掛け持ちし、生計を立てている。今は毎日が充実しているが、数十年先の老後のことを想うと怖くてたまらない。将来のために資格を取りたくても、現在の収入だと学費を出すもは難しい。「努力したくてもできなかった人は私以外にも多いはず。高齢になったら生活保護しかないのですか。レールから一度外れると、ずっと落ちこぼれ人生なのでしょうか」 将来が後回し 現在の30代が70代となる2060年には高齢化率が4割に迫る見通しだ。男性より長寿の女性高齢者が必然的に増え、日本は「おばあちゃんの国」になる。その主役となる女性たちの足元に不安が忍び寄る。ナオさんが再び働き始めきっかけとなったのは、横浜市の男女共同参画推進協会が主催する「ガールズ講座」に通ったことだった。生きづらさに悩み、仕事をしていない15歳から39歳のシングル女性を対象に、安心感や自己肯定感を培って就業につなげる。「婚活と就活のはざまに落ち込み、親が老いたら介護を押しつけられ、自分の将来が後回しになる女性たちが増えています」と同協会男女共同参画センター横浜南の小園弥生館長(58)は言う。昭和の日本では、女性たちの多くが家庭に入り、夫が稼ぎ手となった。平成以降、家族構成が多様化したにもかかわらず、単身女性を支える仕組みはない。総務省の18年の労働力調査によると、雇用者のうちの非正規労働者の割合は男性が22%なのに対し、女性は56%。非正規労働者の約7割を女性が占めている。 非正規の不安置き去り 1990年代後半から2000年代半ば、就職氷河期に社会に出たロスト・ジェネレーションの女性たちも老後に憂いを抱える。契約社員のシングル女性(43)は、台風15号で都内の鉄道がまひした9月9日の朝、4時間半かけて出勤した。いつも昼食以外は席を外さず、給湯室でお茶をする暇もない。それだめ根を詰めて働いても、現在の年収は280万円ほどだ。大企業に勤める父と、社内結婚で専業主婦となった母、子2人の「標準家庭」に育った。中堅大学に進学して就職活動をしたのが、就職氷河期の1999年。100社以上の企業に資料請求のはがきを送ったが、面接に進んだのは2割で、すべて不採用だった。父の知人の紹介で中堅企業の正社員になったが、そこは女性に補助的な仕事しかさせない職場だった。能力をもっと高めたくて3年半で辞職した。その後、簿記や社会労務士などの資格の勉強をしながら、派遣や契約社員を中心に転職を重ねたが、待遇や労働条件は逆に悪くなった。 人件費削られ 働いた企業の多くでは、事務職を非正規社員に置き換えて人件費を削っていた。そんな職場には決まってロスジェネ世代の非正規女性たちが大勢いた。65歳以降にもらえる年金を試算すると、現時点で月額6万円程度、今後も同様に働いて10万円ほど。「老後を年金だけで暮らすのは不可能です。長く働き続けるしかありませんが、体力も落ちる。私たちの世代は努力がまるで報われない」非正規シングル女性を対象に横浜市男女共同参画推進協会などが実施したウェブアンケートでは、約83%が「老後の生活」に不安を感じていた。「退職金もなく将来生きていくのであれば生活保護しかない。安楽死施設を開設して欲しい」と30代の女性は回答した。調査を担当した白藤香織さん(50)は多くの女性たちの声を聞いた。「つまで働き続けられるのか、老後にどれほど貯蓄が必要なのか、誰も教えてくれない。非正規シングルの女性たちは、社会から想定されていない人たちなのです」 国際医療福祉大学の稲垣誠一教授によると、未婚・離別のシングル女性は、2050年には高齢女性の3割近く、約583万人に達し、その約45%が生活保護レベルの貧困に陥ると推計されるという。「親と同居の女性は、死別後に困窮する。結婚で仕事を辞めた女性は離婚すると非正規で働くことが多い。貯蓄が少ないと80代、90代までももちません」 「想定されていない」人たちもいずれは高齢化し、支える必要となる。非正規雇用で低コスト労働力に甘んじてきた女性たちの老後に、日本社会は遠からず向き合うことになる。(編集委員・真鍋弘樹)

 

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