11月10日 患者を生きる 眠る アルコール「1~5」

朝日新聞2019年11月4日25面:朝から酒「病気じゃない」 酒に溺れて破滅する。そんな洋画の主人公にあこがれていた。東京都の男性(53)が初めて酒を飲んだのは、中学生の頃だ。家にあったウィスキーを遠足の水筒に隠し入れて持参し、友人の前で飲んだ。高校生になると、昼食代で小瓶のウィスキーを買うようになり、飲む頻度は増えていった。高校を卒業し、7年ほどアルバイトをしていた。就職したのは1992年。そこから、さらに酒量は増えた。仕事が終わると、職場近くの酒屋に駆け込んだ。フルボトルのワインやウィスキーを買うと、家に帰るまで待てずに、その場で瓶をあけた。自宅に帰る電車のなかでも飲み続け、自宅でも飲み足らず、いつも酒がそばにあった。「飲まなければ寝られない」。そう自分に言い聞かせ、酒をのむ口実にしていた。二日酔いで出勤し、朝起きられずに無断欠勤することが続いた。休日に酔った勢いで部下に電話をかけ、仕事の指示をしたことが問題になったこともあった。妻(62)から酒をやめるように何度も説得されるたが、「うるさい」と聞く耳を持たなかった。2007年、妻が精神的に不安定になり、精神科に通院するようになった。それでも酒がやめられず、「妻に見られななければ」と隠れて外で飲むようになった。10年3月、職場の勤務先が東京都内から千葉県内に変わり、責任ある役職を任された。最初は張り切っていた。しかし、酒の臭いをさせたまま出勤し、次第に空回りするようになった。職場になじめず、ストレスから、仕事がない日も朝から酒を飲み続けた。見かねた妻が、職場の知り合いに電話で「何とかならないか」と相談した。「業務に支障が出ている」。上司からそう連絡を受けた職場の保健師に「アルコール依存症の専門の医療機関で診察を受けるように」と言われた。事実上の業務命令だった。「自分は病気ではない」と思っていたが、職場でも家庭でも行き詰った現実から逃れたかった。成増厚生病院東京アルコール医療総合センター(東京都板橋区)を受診することを決めた。(北林晃治)
朝日新聞2019年11月5日22面:「酒か死か」入院し治療 東京都の男性(53)は、2010年7月、成増厚生病院東京アルコール医療総合センター(東京都板橋区)を訪ねた。勤務先からアルコール依存症を疑われ、医療機関の受診を指示されていた。「あなたはこれ以上、お酒を飲めない体です」センター長の垣渕洋一さん(53)は、アルコール依存症と診断した。仕事に支障が出て、妻(62)は精神科に通院中ー。酒によっているのにもわからず、男性にはその自覚がなかった。肝機能を示すγGDPは、基準値をはるかに上回る1086。このまま酒を飲み続ければ、肝不全や肝硬変になり、命にかかわる恐れもあった。「お酒をやめて幸せになれるのか、飲み続けて死に至るか。二つに一つです」。垣渕さんから入院治療の必要があると告げられた。男性は、簡単な引き継ぎを済ませて休職し、この年の8月に入院した。医師や看護師、臨床心理士、作業療法らのチームのもとで、90日間の治療プログラムが始まった。断酒を続け、アルコールのない生活に心身ともに慣れ、生活習慣を立て直す。日中は、飲酒による離脱症状や合併症の治療をしながら、アルコール依存症について、講義やビデオなどで学んだ。グループにわかれ、自分自身の生い立ちや考え方、酒にまつわる行動を見つめ直した。夜はアルコール依存症から回復した人たちが集まる地域の断酒会やAA(アルコホーリク・アノニマス)などの自助グループの会合に参加した。手帳を渡され、参加するたびにハンコが押された。ハンコが多いと、垣渕さんから花丸や二重丸がもらえた。入院患者の優等生になろうと、ハンコ集めに躍起になった。面会に来た職場の上司には「もう大丈夫です。早く職場に戻してください」と頼みこんだ。入院から3ヶ月後の11月、退院した。センターと連携する慈友クリニック(新宿区)い通院しながら、復職に備えた。だが、職場の産業医の面談直前。酒を飲んだ。「酒なんてコントロールできる」。そう思っていた。(北林晃治)
朝日新聞2019年11月6日31面:リハビリ施設で転機 アルコール依存症の入院治療を終えた東京都の男性(53)は2011年2月、職場に復帰した。だが、職場に隠れて酒を飲むことがあり、アルコールをやめることはできなかった。専門外来がある慈友クリニック(新宿区)では、「抗酒剤」を出された。これをのんでから飲酒すると、頭痛や吐き気が生じる。しかし、男性は飲酒してもつらさをあまり感じなかった。「自分は特別だ」との思いを強くした。この年の7月、職場のアルコールチェックで飲酒が発覚した。「約束を破ったのだから退職すべきだ」と言う人もいたが、一度だけチャンスが与えられた。主治医の垣渕洋一さん(53)の指示で、休職したうえで、リハビリ施設「みのわマック」(東京都北区)に通うことになった。アルコールや薬物など、さまざまな依存症の人が対象で、依存症から回復した人がスタッフとなり、社会復帰を支援する。施設長を務める伊藤達雄さん(60)も、かつてアルコール依存症だった。30代のこころから入退院を繰り返し、家族も失った。02年にマックに通ったのをきっかけに回復し、スタッフになった。伊藤さんには、男性が人前で、無理に明るく振る舞う「ピエロ」のように見えた。「なぜアルコールに頼ったか」と核心をつく質問をしても、真正面から答えず、はぐらかされた。男性を担当した職員(60)も、伊藤さんと同じ感想をもった。ただ、明るく振る舞う男性が「エネルギーにあふれている」ようにも見え、回復の可能性があるようにうつっていた。どんなに周囲が手を差し伸べても、本人の強い気持ちがなければ断酒は難しい。「あなたも答えは分かっているはず」。職員は、男性にひたすら考えさせた。まもなく、転機が訪れた。入院治療中に同じ部屋だった青年が、リハビリ施設では率先して通所者をまとめるのを目の当たりにした。入院中は誰ともしゃべられず孤独な様子だったのに、見違えるほど輝いていた。「自分も、あんなふうになりたい」。男性はそう思い始めた。(北林晃治)
朝日新聞2019年11がう7日32面:なぜ依存症 自省できた 東京都の男性(53)は2011年7月、アルコール依存症で2回目の休職に入った。リハビリ施設「みのわマック」(東京都北区)に通い始めた。仲間と掃除たり、昼食のみそ汁をつくったり。グループで互いの経験を話すと、考え方の違いから言い争いになることもあった。どうしたらうまくやっていけるのか? 考え出すと、自然と酒のことが頭に浮かばなくなった。酒に頼った理由も、冷静に考えられるようになった。幼いころから障がいのある弟の面倒をみて、共働きの両親に甘えられなかった。周囲には明るく振る舞っていたが、劣等感のようなものを常に抱いていた。嫌われたくないと無理を重ね、孤独をごまかすように酒に逃げていた。回復に向かう男性の様子を知った職場から、電話があった。「いつから出てこられますか?」。12年4月、職場に復帰した。「針のむしろ」のような気持ちだったが、上司は「ミーティングに行かなくていいのか」と自助グループAA(アルコホーリク・アノニマス)への参加を促してくれた。AAではお茶を出したり、ミーティング会場を準備したりする役割を順番に担当した。「居場所」が見つかった気がした。ただ、そのころから、不眠に悩まされることが増えた。不眠は、アルコール依存症の人が酒をやめると現れる「離脱症状」の一つだ。不眠から再び酒に頼ってしまう恐れもある。主治医の垣渕洋一さんは、男性の様子を慎重にみつつ、必要に応じて睡眠薬を出した。「眠れないことはよくあるよ」。相談にのってくれたAAの仲間の言葉に、少し気が楽になった。「こんな時期もある」と受け入れられるようになった。「今日はお酒をやめてから19年。バースデーなんです」。東京都内のAAの事務所で今年10月、そう話す仲間に男性は「おめでとうございます」と返した。男性は、所属するAAの地区の広報担当として、近く開催予定のイベントの準備にあたる。いま苦しんでいる仲間のために何ができるかー。それを考えることが、自身の自立につながると信じている。(北林晃治)
朝日新聞2019年11月8日28面:お酒熟睡妨げ無呼吸も アルコール依存症になると、自ら意思で酒の飲み方をコントールできなくなる。酒が手放せなくなり、酒をやめると手の震えや不眠などの「離脱症状」も出る。原因となる多量飲酒のきっかけは、仕事のストレスや家庭内の不和などさまざまだが、不眠などの睡眠障害も関係する。多くの人が病気を認めよとしないのも特徴だ。国内で約107万人が国際的な診断基準に該当すると推計されるが、厚生労働省の調査では、治療を受けているのは約5万人に過ぎない。久留米大の内村直尚教授(63)は「酒を飲めばよく眠れる、と思う人が多いが、それは違います」と話す。アルコールは一時的に寝付きをよくするが、肝臓で代謝された後は覚醒作用が出て、睡眠が浅くなる。飲酒を続けると耐性ができ、10日ほどで眠りに入る効果も薄れる。このため、長期的には酒量が増え、依存に陥りやすいという。気道の筋肉が緩み、鼻やのどの通気が悪くなるため、睡眠時に無呼吸になりやすく、悪夢や昼夜逆転などの症状も出やすい。「眠るためのアルコールが、さまざまな睡眠障害の原因になってしまう」と内村さんは語る。重度の依存症治療では、まず患者自身が病気を自覚し、酒を断つことを動機づけすることが基本となり、断酒を補助する薬もある。成増厚生病院の垣渕洋一・東京アルコール医療総合センター長は「飲まないしらふの状態に心身ともに慣れ、生活習慣や人間関係を再構築することが大事」と話す。重い離脱症状や、肝臓や脳機能の傷害などの合併症がある場合は、3ヵ月程度の入院が必要だ。垣渕さんは「断酒治療を始めると」、ほぼすべての患者がいらいらや不眠に悩まされる」と指摘する。リハビリ期は、生育歴や飲酒行動を見つめ直すための集団での精神、作業療法が中心となる。断酒会やAA(アルコホーリクス・アノニマス)などの自助グループに参加し、悩みや不安を共有することも、断酒の継続には重要だ。家族など周囲の人が、精神的に疲弊していることも多い。同センターには、家族や子どものケアを目的とした無料相談やプログラムもある。(北林晃治)

 

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