11日 赤ちゃんポストあす10年

朝日新聞2017年5月9日37面:「おれ、要らなかったの?」生い立ち親も向き合う 親が育てられない子どもを匿名で預かるために設けられ、10日で10年となる慈恵病院(熊本市)の「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)。子どもたちを受け入れた新たな家庭では、親も子も預けられた生い立ちに向き合っている。
西日本で暮らす女性は、小学校低学年になる息子と初めて出会った日のことを懐かしく思い出す。 3人の子育てが一段落し、「もう一人育てられる」と思って、育ての親が戸籍上も親となる特別養子縁組を希望した。乳児院で面会したのは、生後10カ月の頃。「めちゃくちゃかわいい」。赤ちゃんは輝いて見えた。緊張した様子だったが、2時間ほど一緒にいると、ひざに乗るようになった。抱っこし、ミルクを飲ませてあげた。
1歳になる前に家にやってきて、親子としての時間を紡いでいった。小学生になった今、ドッジボールや「けいどろ」で遊び回り、ご飯をもりもり食べる。
「あなたを生んでくれたお母さんがいる」。初めてそう話したのは、3歳の誕生日。そこから、日常の中で生い立ちを伝えてきた。「ゆりかご」に預けられたこともその一つ。息子から聞いてくることもたくさんある。「なんでお母さんは産んでくれなかったの?」「(生みの母は)どこにいるの?」「もともとの自分の名前は?」。女性にも答えられない質問もある。
ある時、息子はこんなことを言ってきた。「おれ、なんで捨てられたの? 要らなかったの? 要らなかったんでしょ?」 女性はこう返した。「どうしても命を助けたい、あなたを大事にしたいと思ったのよ。お陰で家族になれてうれしい」。ぎゅっと抱きしめると息子も力強く抱き返してくれた。小さな体で一生懸命受け止め、考えているのだと思う・
小学校では、子どもたちが自身の生い立ちを発表する機会があるという。どうすればよいかと思う。息子はいずれ、生みの母に会いたくなるかもしれないし、思春期に入って自分のルーツに悩むかもしれない。母親として、一つ一つ、息子が納得できるよう、一緒に向き合っていくつもりだ。
「お父さん、お母さんに『ゆりかご』を通して出会えたのは奇跡だなと思う」 西日本で暮らす別の男の子はそう語る。両親は、優しいが、悪いことをするとしかってくれる「普通の親」だ。 「ゆりかご」のことは、幼い頃から包み隠さず聞かされていた。男の子にとって、育ての母も生みの母も大切だ。「お母さんが2人いてもおかしくない」 その思いを、両親も大事にする。父親は、息子とともに生みの母が暮らしていた街を訪ね、誓った。「命をかけて守ります」。元気に素直に育っている自慢の息子。もし、駐車場や山の中に置かれていたらー。「やっぱり、『ゆりかご』で命が守られたんだ」と父親は思う。
今の男の子の夢は、子どもたちにかかわる仕事だ。両親は願う。「(息子には)血のつながりがある人がいない。幸せな結婚をしてほしい」。家庭ができるのを楽しみにしている。(岡田将平)


命も心も救いたい 匿名で子どもを預かる「ゆりかご」は、病院職員の声かけや児童相談所による調査で半数以上は親の身元がわかっているが、不明のままの子も少なくない。「子どもから出自を知る権利を奪う」という課題は開設当初から重く横たわる。
慈恵病院の元看護師長、下園和子さん(65)は、初めて預け入れに立ち会った光景が忘れられない。保育器の赤ちゃんの横で、若い看護師たちが泣き崩れていた。「山や林に捨てられて死んでいたかもしれない。これで良かったんよ」と肩を抱いて励ましたが、内心では「これで本当にいいの?」と感じた。「私たちはこの子の人生に全く責任を持てない。それなのに助けたなんて言えないと思った」
開設前は、安全に赤ちゃんを保護できるかどうかだけに神経が向いていた。だが、預けられた子どもたちに向き合ううち、「赤ちゃんたちはいずれ成長し、自分の祖先が分からないことに悩むだろう。幸せとはいえない」と思うようになったという。
開設から3年間かかわった元熊本県中央児童相談所課長の黒田信子さん(66)も、出自の問題に懸念を持っていた。とにかく親を捜そうと、預け入れのあるたび、一緒に置かれていた紙袋や子どもを包んでいたタオルなどわずかな手がかりから調査した。
親がわからないままの子に「なぜもっと捜してくれなかったの」と言われるような気がする。「(ゆりかごでは)肉体的な命は助けられても、心は救えていない」と訴える。(岡田将平、山田佳奈)

 

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