11日 「暮らしの手帖」再び戦争記録集

朝日新聞2017年8月9日27面:戦時下の庶民がどう暮らし、何を食べ、何に苦しんだか。およそ半世紀前、「暮らしの手帖」編集部が全国から寄せられた投書を編んだ単行本『戦争中の暮らしの記録』が売れている。ロングセラーに加え、同社は新たな『記録』を出そうと今年、あの時代の投稿を再び募り始めた。
 庶民の日常や苦しみ 投稿募集 東京・新宿の紀伊国屋書店。雑誌売り場では、「暮らしの手帖」の最新刊と『戦争中の暮らしの記録』を並べて売る。歴史コーナーに置いていたが、販売急増を受け昨年末に売り場を拡充。暮らしの手帖社によると、従来は年1千部ペースだったが、この1年で4万部を増刷、累計20万部に達した。
『記録』にあるのは、名も無き庶民の姿だ。亡き夫の棺おけを生魚の空き箱で作ったこと。「(配給が)月に鰯が五尾や、二日に茄子一個では、働けない」という嘆き。空腹のあまり、弟と手洗いに隠れてお手玉の中の大豆をなめるように食べた苦い思い出ー。昨年、NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」にこの本が登場。戦時下の日常を描いてヒットしたアニメ映画「この世界の片隅に」で参考資料とされたことも話題になり、若い世代の購入が増えたという。
同書は「暮らしの手帖」の創刊から30年間編集長を務めた花森安治(1911~78)の発案だった。「商品テスト」企画などで知られた名物編集長だが、戦中の国威発揚の宣伝に関わったことへの後悔があった。戦後20年が過ぎた頃、若手社員に戦争体験が伝わっていないことに気づき、68年8月の号をまるごと「戦争中の暮らしの記録」の特集でまとめた。集まった1736の投を全編集部員で読み、139編を採用した。
当時の編集部員、河津一哉さん(86)は「素人のたどたどしい文章。でも心を打たれた」。特集の号は90万部がたちまち売り切れた。「好景気で浮かれる自分たちへの疑問があったのかも」と振り返る。翌年8月15日、単行本化された。
きな臭い時代「最後の機会」 「暮らしの手帖」は来年、創刊70周年。一貫して訴えてきた「戦争反対」は同社の出版理念だ。澤田康彦編集長(59)は「僕らは戦争を知らない。だからこそ、当時を知る人の話を伝えていくのが責務だ」と話す。
現在、投稿を募っている『戦中・戦後の暮らしの記録』の出版は、節目の年だからというだけではない。「いま、時代の空気がとてもきな臭い。当時の生活のエピソードを積み重ねることで、戦争がどんなものかを伝えたい。体験者は高齢化し、最後の機会。慌ててやっている感覚です」
今回は戦後混乱期の50年ごろまでを対象とする。澤田さんは、祖母や母から戦後の方がつらかったと聞いた。「終戦で価値観が逆転し、具体的に何が起きていたを残す必要がある」募集開始4カ月で300通を超えた。高齢の読者から「70年経ち、ようやく話せる気持ちになった」との電話があったという。
16歳の時に東京で終戦を迎えた横浜市の橋本とき代さん(88)は「若い人に戦争は絶対ダメと言いたい」と編集部に手紙を書いた。体験の投稿もする予定だが、手が不自由で長文には不安があり、聞き書きを頼むつもりだ。自分のおできにウジがわいたこと、生理用品が手に入らず浴衣を重ねて縫い、洗って何度も使ったこと。口にしにくい話でも「戦争はここまで困る」ということを伝えたい。母が病で早世し、家事は「暮らしの手帖」に教わった。信頼する雑誌だからつらい体験も託せるという。応募要項は「暮らしの手帖」本誌か、HP(www.kurashi-no-techo.co.jp/70ht)で。締め切りは9月末日。(真田香菜子)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る