10月8日 耕論 台風被害の「想定外」

朝日新聞2019年10月5日15面:災害の「想定外」には慣れたはずだった私たち。だが、千葉県では、台風15号による予想を超えた深刻な被害が今も残っている。今回浮き彫りになった課題と教訓を考えた。 日本の森林危機浮き彫りに 田中敦夫さん 森林ジャーナリスト 1959年生まれ。森と人の関係が執筆テーマ。著書に「絶望の林業」「森は怪しいワンダーランド」など。 台風15号に襲われた千葉県の東部地方を発生直後に訪れました。樹木が電線や電柱に倒れかかったり、道をふさいだりして、倒木が停電からの復旧を長引かせた一因だったことがよくわかりました。樹木の伐採は想像以上に高度な技術を要する作業です。木が生える斜面の角度や枝の伸び方、その木の重心の位置などで倒れる方向が変わり、林業の現場でも死亡事故が絶えません。今回は倒木が別の木や電線にかかる例も多く、伐採しての除去作業はさらに困難だったと思われます。県東部で目立ったのは、幹の途中で倒れた倒木です。山武地方には山武杉というブランド品種が多く植林されていましたが、戦後になって、芯を腐らせる「スギ非枯性溝腐れ病」が蔓延しました。有効な対策もなく、木材としての価値を失ったまま事実上、放置されました。その多くが今回の台風で折れたのです、同病は主にこの地域の話ですが、そこには日本に山林全般が抱える問題もかいま見えます。国土の3分の2を占める森林(約2500万㌶)のうち、人工林は約1千万㌶ありますが、木材価格の低迷で経営が行き詰まり、所有者が手入れを放棄してしまった山林が現在、少なくありません。さらに所有者不明や境界線の未確定という事情が、問題を複雑化させいます。放置された森林は災害に弱くなります。戦後、国の指導で1㌶に3千本を一律に造林しました。これはかなり密稙にあたり、成長途中での間伐が必要になります、間伐で木を減らさないと、密集した木々が光を遮られ地面には草が生えません。その結果、雨で土壌が流されやすい森になっていまします。一方、今いちばん深刻なのは「主伐」(山の木を全部伐採する皆伐)です。「稼げる林業」をめざす政府が「林業の成長産業化」の名目で、戦後植林した人工林が伐採期に入っているとして、補助金を出してまで「主伐」を進めています。交付には「再造林」(植え直し)の条件がつきますが、人手不足や経費の増大で、現実には伐採した木材を売却した後、「はげ山」状態の山林もかなりあります。東北や九州南部では伐採後の民有林の6割が再造林されていないという報告もあるほどです。九州南部では義務である「伐採届」を出さず、あるいは偽造して勝手に他人の森を伐採する荒々しい「盗伐」も起きています。植林しても最近は鹿など獣害が深刻で全滅になるケースもある。こうして日本中で山崩れや土石流出が起きやすい森林が増加しています。今回の台風被害をきっかけに、これまであまり関心を示されなかった日本の森林の危機的状況に、多くの人の目を向けてほしいと思います。(聞き手・中島鉄郎)
進む老朽化 省インフラを 根本祐二さん 東洋大学教授 1954年生まれ。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)に勤め、2006年から現職。著書に「朽ちるインフラ」など。 台風15号による強風で千葉県内の東京電力の鉄塔や電柱が倒れ、停電が長引きました。鉄塔や電柱の倒壊が老朽化によるものかは今後の検証が必要ですが、日本の自治体の庁舎や学校、道路、橋、上下水道などのインフラの多くで老朽化が進んでいます。中でも橋は、建設のピークが1970年代で、2020年代には50年を超え、崩壊の危険度が高まります。地震や台風で壊れる恐れがあるのです。東日本大震災では、老朽化のうえに強い揺れが加わり、崩壊したおされるインフラがあります。福島県にある農業用の藤沼ダムは堤が決壊し、8人の死者・行方不明者が出ました。東京の九段会館では天井が崩れ落ち、2人が亡くなりました。ともに完成してから60年以上たっていました。災害がなくても、上下水道管の老朽化などで道路の陥没や、耐震強度不足で庁舎の使用が停止になるなど問題が起きています。インフラの9割以上は、地方自治体の財産です。本来なら、壊れる前に建て替えたり、造り直したりするべきですが、そもそも自治体の財政は厳しく、壊れない限り予算を割きにくいのが実情です。インフラは、壊れるまであまり目に付かず、その維持は後回しにされやすいのです。それではいざというときに危ない。壊れる前に補修、更新するよう発想を切り替えるべきです。私の試算では、今あるインフラを更新するだけでも毎年9兆円かかります。国内総生産(GDP)の公共投資の3~4割にあたる額で、社会保障費が増え続ける中、確保するのは難しく、新たな財源はありません。私はそのまま更新するのではなく、使う側の便利さはできるだけ下げずにインフラの量を減らしていく「省インフラ」を進めるべきだと考えます。これは、70年代の「省エネ」に似ています。石油危機がきっかけで、エネルギーをそんなに気にせず使っていた暮らしから、電気をこまめに消し、いろんなものを節約するように変わりました。企業も省エネの技術開発に力を入れ、車の燃費を改善し、工場のエネルギー使用量を減らしました。図書館や体育館、公民館をいつでも使えることが豊かささありません。省インフラでは、市民の活動や図書の質を豊かにするために、学校や民間の建物の空きスペースを使うような価値観の転換が欠かせません。これからは、老朽化したインフラを更新するか、しないかを決める場面が増えます。災害の被災地から安全な地区への集団移転のように、住民に移ってもらった方が土木インフラのコストが劇的に減ります。省インフラで、私たちの暮らし方やライフスタイルも変えていく必要があるのです。(聞き手・諏訪和仁)
SNS依存のもろさ露呈 オバタカズオさん フリーランスライター 1964年生まれ。著書に「早稲田と慶應の研究」「大手を蹴った若者が集まる知る人ぞ知る会社」など。 今回の千葉県の台風被害は当報道量も少なく、マスコミは必ずしも事態の深刻さを伝え切れていませんでした。これまでの災害とはどこが違ったのでしょうか。私は東京23区内在住ですが、両親が千葉県北西部にいるうえ、友人が県中部以南にもおり、よく釣りに訪れる房総半島にもなじみがあります。だから台風の進路に入る県南部に大きな被害が出ないか、早くから心配でした。9月9日早朝に台風は直撃しましたが、9日から10日にかけての報道は、首都圏の公共交通機関がいかに混雑したのかばかり。JR津田沼駅に2㌔行列ができるのは異常な事態ですが、テレビの情報番組では「台風の日にも会社に行く日本人はおかしい」と笑い外国人観光客の紹介までしていた。こんな文化論的批評をやっている場合か、と思いました。情報がテレビから入らず、報道も少ないことに、被災者から「情報がない」「何もわからない」という声が上がったことは後日、判明した通りです。報道側は事態を「過小評価」したのでしょうか。近年の豪雨災害などに比べ、幸い死者数が増えなかったことも初動の判断に影響したかもしれません。ただ、いくつかの自治体では、電気や水など生活インフラがまひし、経済活動が止まり、いまだ完全には復旧していません。一歩間違えたら病院や介護施設がどうなったか。これが地方都市で起きたらもっと違う扱いだったかもしれません。東京という巨大都市の周辺にある「田舎」だからこそ、圧倒的多数の都市通勤者が気にする「東京情報」(今回では交通機関渋滞)への関心の陰に隠れてしまったのではないかと思いました。同時に、私たちのSNS依存も浮き彫りにしました。当時私はすぐに、情報発信に熱心な千葉の友人のアカウントを確認しましたが、停電の影響か投稿はなし、被害の実態を唯一伝えてくれたのが別の友人のフェイスブックでした。彼が壊れた自宅の様子をアップできたのは、バイクで携帯が使える場所へ走って発信したから。大型の自家発電機も持っていたからです。ほかのケースに比べ、SNSで被害の実態を生々しく伝える情報が極めて少なかったことが報道にも影響したと思います。マスコミに、被害が大きければツイッターなどでの現場の映像情報がすぐ数多く出てくるはずだ、との思い込みがなかったでしょうか。ネット時代には、ひとつの映像情報がすごい速度で拡散されます。先日のあおり運転の暴力事件はいい例でしたが、今回はその逆です。SNSの現場映像が当初少なかったことで、千葉の山間部での被害実態がなかなか発見されなかった、と言えないでしょうか。(聞き手・中島鉄郎)

 

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