10月7日 人生の贈りもの 作家 浅田次郎【10】

朝日新聞2017年9月29日31面:受賞後 人生信じられるように ≪アパレルの仕事をしながら、小説が世に出はじめる≫ 35歳から原稿料はもらっていました。本が出たのが40歳ころ。怪盗を描いた『天切り松 闇がたり』(1996年)の最初の3話は、35歳の時に書いている。雑誌の編集者に「これ何とかならないの」と言われちゃってさ。「浮くんだけど、他のは色物なんだから」って。で、お蔵入り。
そう意味では『天切り松 闇がたり』って、自分にとってかわいい小説。時間をかけて5巻までしか書いてないんだけど、通して読んでみると、1巻と5巻の話がそんなに成長していないようで、これが良いんだよ。ああ、才能だけでやってんだなと。努力が何の役にも立っていないっていうのがあれで分かるね。
自分のなかでデビュー作というイメージを持っているのは『地下鉄に乗って』(1994年)。吉川英治文学新人賞をいただいて、あれが評価された時に、「小説家になれる」と思った。それまでは、この一冊で消えるかなと思っていました。あんまり自由に書かせてもらえなかったからね。そんな人間ではないんだけれど、極道ものを求められました。
だから『プリズンホテル』(1993~97年)は、よく工夫してある。「ただ極道小説にはしないぞ」って。誰か、この極道小説から気付いてくれよっていう書き方はしてる。書きたいのはこれじゃないんだよってね。『地下鉄に乗って』は、何を書いてもいいと言われた小説で下。賞の候補作が公開され、みんなこれが受賞すると言ってくれた。編集者って、そんなに分かるものかなって思ったら、そうなった。
それまでは信じられなかったからね、人生が。親とも離ればなれになってるし、良いこと、悪ことだったら悪いことばっかりみたいな感じだった。「みんな分かってくれているんだ」って思えたことで、やっていける、と。これ以上のものを書いていけばいいんだなっていう、いまだに一つの基準になっています。
(聞き手 高津祐典)

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