10月6日 人生の贈りもの 作家 浅田次郎【9】

朝日新聞2017年9月28日30面:婦人服の店出して「社長」に ≪単行本の刊行でデビューしたのは40歳目前。それまでアパレル業界に身を置いた≫ 略歴によく「様々な職業を経て作家に」ってあるけれど、いろんな仕事はしてないんだ。当時としては40歳が遅いデビューだった。だからそういう宣伝文句がついたんだと思う。苦労人のイメージ。ようやくデビューしました、という感じでさ。だから面白い小説ですよって売り方を、誰かが考えたんだと思う。だけど自衛隊のあとはアパレルで、他はアルバイトみたいなもんだから。それはみんな色々やるでしょう。職業っていうのはずっと婦人服だよ。
小説家になれると思ったらなかなかなれない。大学に行くにはタイミングを失った感じがして。お金もないし。23歳で結婚しちゃったし。一番最初は、そうそう、新聞広告の社員募集を見て行ったんだよ。そこのメーカーさんの銀座三越の売り場に1年ぐらいいたのかな。服には関心がありました。小説と似たようなもので、美しいもの、きれいなものをって。それで面白そうだなと思った。
それから自分で商売を始めようとしました。やっぱり小説書くことと関係があって、勤めながらの読み書きがつらかった。自分で商売をやれば時間をコントロールできると思ったんだよ。甘いんだけどね、それ。そっちの方がつらいに決まっているんだから。
店を出して、結構うまくいったんだよ。手先が器用だとか、体力あるだとか、それ以外にね、ももう一つ特徴があって、金勘定が速いんだよ。速いし、せこい。税理士さんもたじたじ。経理は全部自分でやってたもん。今もわが家の経理は僕の専権事項です。これは父親譲りだろうね。父親は戦後の闇市からのしあがった人で、途中で何度もつぶれたけど、とても商才のある金勘定の速い人でした。
結局、服の店は人任せだったけど50歳過ぎまで売り上げがありました。やめるにはちょっと心揺れるところはあったんだけどね。だって「社長」って呼ばれてたんだよ。 (聞き手 高津祐典)

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