10月15日 カレーで心満たす「駅」

朝日新聞2017年10月8日34面:カウンター3席に、テーブル三つ。小さな店の厨房で、アルバイトの成田湖葉里(こより)さん(24)がニンジンを刻む。包丁さばきを教えてくれた「駅長」が店に立つことは、もうない。東京都目黒区にあるカレー専門店「ナイヤガラ」。入り口には踏切の警報機、壁には機関車のナンバープレートが並ぶ。「駅長」こと内藤博敏さんの鉄道への思いが詰まった店だ。
81歳になったばかりの駅長が、店の前で倒れたのは昨年の秋。それから成田さんは、ほぼ1人で昼の厨房を切り盛りするようになった。ある日、野菜がすぐ足りなくなることに気づいた。それまでは駅長が、こまめに自転車で商店街を回って仕入れてくれていた。戦時中、ひもじい思いをした駅長が食べきれないほどの大盛りをお客さん出す「ハプニング」もなくなった。半年に1度は変えていた鉄道部品の展示は駅長が倒れたときのままだ。
駅長は疎開体験をたびたび聞かせてくれた。出発の前夜、お母さんがジャガイモのカレーを作ってくれたこと。身を寄せていた富山で実家が恋しくなり、駅で東京生きの汽車を眺めていたこと。どちらも今の店ができるきっかけになった話だ。今年4月、駅長の遺品を整理していると、昔のテレビ番組のビデオテープが見つかった。まだ若かった駅長が、疎開先で野菜泥棒だと疑われた経験を明かしていた。「本当につらい思い出は私たちには話せなかったかも」。いつも明るかった駅長の意外な一面にふれた気がした。
厨房にいると、「あんたがいなくなったら困る」と言ってくれた駅長の顔が浮かぶ。先日、店に来た女性が話してくれた。「赤ちゃんだった息子を抱っこして、駅長は私がカレーを食べる時間をつくってくれたんです」 いまも、駅長が旅立ったことを知らないお客さんがやってくる。カウンターの上には笑顔の駅長の写真と、トレードマークだった国鉄の帽子。 ハッとするお客さんには、明るくこう言う。「駅長はいま、銀河鉄道に乗りに行っています」(中田絢子)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る