10月11日 寂聴 残された日々 52長生きの余徳

朝日新聞2019年10月10日28面:自筆の原稿いつまで残る 九十七歳の秋も、十月の風に吹かれ、連日透き通った空を仰いでいる。今年もあと二カ月しかないと思えばぞっとする。相変わらず遺言も書けていなし、捨てる物も何一つ片づいていない。形見分けの処分も、思うばかりで、一向に用意されていない。ただ老衰の進行だけは確実に進んでいて、一番楽ななのは、終日ベッドに横になっていることである。横になった姿勢でも本は読めるので、退屈することはない。「当たり前ですよ。数えだとすぐ百歳ですからね。九十八歳で亡くなった宇野千代さんも、九十すぎからは、いつ伺っても横になっていらっしゃいましたよ」 これまた長命な元編集者が、時たま覗いてくれては、そう言ってなぐさめてくれる。私は宇野さんの死に顔を拝んだが、あんな美しい死に顔の方は、それ以降見たこともない。あの方は特別中の特別の人物なのであろう。いつも五千枚ずつ注文する自分のデザインの赤い線のこの原稿用紙も、まさかもう、それほどは要らないだろうと迷ったが、まあ、余っても、若い人にあげればいいと、いつも通り五千枚、最後と思い注文したのに、あと、二十枚くらいになってしまった。まさか、今から新しく注文することもないだろう。いやしかし、短いものばかりだけれど、文芸誌二冊と、新聞二つと週刊誌一つにエッセイの連載があるので、やはり、あと二千枚は注文した方がよいのでは・・。六十六歳若い秘書によれば、私の認知症は、とっくの昔に始まっているとか。「だから私をクビにしたら、たちまちお手あげですよう」と高々と笑う。大学を出てすぐ寂庵に来た彼女が、今年三十一歳で結婚したのだから、私が百近くなって当然なのだ。そんなことをぐずぐず考えていたら、急なニュースが入って、「定家の直筆の源氏物語の一帖」が、新しく発見されたという。冷泉家の発表だから間違いないとか。まあ、生きていれば、こんな凄い幸運にも遭えるのだから、やっぱり長命は、有り難いと言うべきななのか。急に全身がいきいきしてきた。ドナルド・キーンさんも、もう少しこの世にいられたら、この奇蹟にあわれたのに。梅原猛さんも興奮した声で、電話を下さったことだろうに。円地文子さんは源氏物語の現代語訳をなさった頃、度々、東京から京都へ来られ、平安期から続いている冷泉家を訪ねられたものだった。紫式部はもちろん、紙に筆で原稿を書いた筈である。平安期の杜氏は、紙も高価な贅沢品だったし、硯も墨も筆も、中国産で高価だった筈だ。紫式部は当時最高の権力者だった藤原道長をパトロンにして、道長の娘の中宮彰子のために、源氏物語を書きあげた。もちろん、紫式部自身が筆をとって書いたのである。しかしその原稿は何も残っていない。私たちが今読んでいるのは、それから二百年も過ぎて、定家が写した源氏物語である。今度発見されたのは、その時の定家の原稿ということだろう。間もなく私は死ぬだろう。生涯に五百冊程書いた私の本は、何時まで何冊が残ることか。もう現在の作家は、みんなワープロで原稿を書いている。自分でペンを握りしめて原稿用紙に書く作家など、私が最後であろう。そう思うと、何だか自分が歴史的人物のように思えてきた(アホか!)。 作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんいよるエッセーです。原則、毎月第2木曜日に掲載します。

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