1月30日 私の紙面批評 

朝日新聞2018年1月20日14面:東京大学教授 宇野重規さん 1967年生まれ。専門は政治思想史。政治哲学。著書に「<私>時代のデモクラシー」「民主主義の作り方」など。 どの新聞も、年頭の記事にそれぞれの意図をもって企画を組む。そこには、各新聞社の主張や問題意識のみならず、ときとして願い、さらには不安すらも見て取られることがある。朝日新聞ではオピニオン面に「希望はどこに」と題したシリーズ記事(1日、5日~7日・4回)が掲載された。一見すると、各界で活躍する「若手」が、新年にあたってより若い世代に向けて希望について語る「ありがちな」企画にも思える。
しかしながら、毎日記事を読んでいるうちに、現代日本社会を覆う閉塞感をどう打ち破るか、あるいはそもそも閉塞感がどこから生まれているかについて、考えさせられる言葉が多くちりばめられていることに気づいた。例えば元アイドルでありながら、ネットであることないことを書かれてバッシングされ、引きこもりの経験を持つ菅本裕子さんの言葉である。みんなに好かれようとしてもだめ、本当に自分が好きなことをインターネットで発信すれば、必ず共感してくれる仲間が見つかる。失敗を含めて、自分の「らしさ」を徹底的に研究すれば「個人でも戦える」という言葉が光る。
元ビリギャル」の小林さやかさんの言葉も力強い。彼女の大学受験で重要なのは、偏差値ではなく、本当にわくわくすることに出会えたこと。希望とは誰かに与えられるのもではなく、「自分で世界を広げようと思える意志」であるという言葉が印象的だ。徳島県の「神山つなぐ公社」の森山円香さんなど、その最たる例であろう。岡山出身で九州に学んだ彼女は、日本海の離島である島根県海士町で高校立て直しに加わり、今はIT企業の進出が相次ぐ中山間地でプロジェクトを動かす。「思うのは、自分の普段いるところと違う環境に身を置くことの重要性です」と彼女は説く。
社会の分断 越える道 希望へのヒント若者の言葉の中に もちろん、つねにうまくいくわけではない。孤独に陥ることもあるだろう。しかし孤独とはひとりぼっちになることではない。「自分は世の中に必要とされていない」と思い込んでしまうことが問題だというのが吉藤健太朗さんである。そんな彼がロボットという新しい道具を見つけたのは、工業高校の先生である「師匠」との出会いはきっかけであった。
同じく、メンター(助言者)となってくれる「おじさん」のような存在の大切さを強調するのが、「君たちはどう生きるか」の漫画化が話題の漫画家芳賀翔一さんである。みんなが「分かり合えない」と思い悩む今日、人と人をつなぐのは、やはり人なのだろう。人と人をつなぐのは、「歌」という文化の媒介物かもしれない。そう言うのは、「いきものがかり」の水野良樹さんである。その場合も、自分の気持ちを表現するばかりが大切なのではない。むしろそれを人がどう受け止めてくれたか。「歌に価値を与えてくれるのは他者」であることを、東日本大震災の被災者の姿から学んだという。
翻って、このような言葉を紹介することで、朝日新聞は何を主張したかったのか。価値の分断化が進む今日、「分かり合えない」と思い悩むのは若者だけでない。より上の世代はもちろん、朝日新聞を含む既存メディアもまた、「孤独」を感じているかもしれない。その分断を乗り越える道をどこに見いだすか。若者の言葉にこそヒントがあるという直感が、この企画の背景にあるように思えてならない。
シリーズを締めくくる作家の朝井リョウさんが大切な指摘をしている。あらゆる社会の変化は、すべてを「世間の常識だから」と諦める呪いからの解放の号砲である。自分が嫌だと思うことをのみ込んで、次の世代に先送りするのはやめよう。性や世代など、多様な人々が共に生きる社会のモデルを模索することが「希望」だという朝井さんの言葉こそ、あるいは朝日新聞のメッセージなのかもしれないと思った。(記事は東京本社発行の最終版)

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