1月29日 オトナになった女子たちへ 益田ミリ

朝日新聞2018年1月19日29面:うつむいて歩けば 歩いているとき、前方に落としものを発見すると、ちゅっとわくわくする。なんだろう? 手袋? 思ったとおり手袋のこともある。靴下かぁ。どうやって落としたんだろう? 洗濯物が飛んできたのだろうか。それとも、銭湯帰りの人がぽろりと落っことしたとか?
糸ようじひとつ、落ちていたのを見たこともあった。糸ようじとは、歯の間にたまる歯垢などを落とすものである。「歩き糸ようじ」をしていたのだろうか。鏡を見ながらでないと結構やりにくいはずなんだけど‥。いつもポッケに入れているのかな。状況を想像するのが楽しみでわくわくするのである。
とはいえ、手袋や靴下、ピアスなど、セットで使うものの片方が落ちているのは悲しい。落とし主も気の毒だが、それより、離ればなれになった「彼ら」に、つい感情移入してしまうのだった。「置いていかないで!」落ちた側のやるせなさ。「私と離れないで!」残る側の切なさ。
きみたちは、もう二度と会えないのだよ。「落しもの物語」を味わいながら、静かに通りすぎていくわたし。オトナってどんなことを考えているんだろう、と子供時代はよく思ったもんだった。今なら教えてあげられる。オトナになっても、さほど変わらないものであるゾ。変わらないといえば、会社員をしていた20代はじめの頃のこと。友人らと集まって居酒屋に行った。その席に初参加の青年がやってきた。「この子知っている!」
彼は、わたしを見て言った。わたしは彼を知らなかった。どこかで会ったけ? 聞けば、通勤途中で毎朝すれ違っているのだという。駅名は合っているが、そもそも大阪の中心部である。そんな人混みの中、目立つ容姿でもないわたしを、なぜ覚えているのか。「いっつもうつむいて歩いているな、と思っていた」と、彼は言った。どうやら、うつむいて歩くクセは変わらないらしい。そろそろ前を向いて歩きたい気がする、そんな年初めであった。(イラストレーター)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る