1月29日 ふたたび・私の証あるがまゝ行く 日野原重明

朝日新聞2018年1月20日be9面:悪夢をどう乗り越えたのか【下】 前回、約1ヵ月のハードワークの後、14時間も眠った末に、悪夢を見たとお話ししました。ダンテの「神曲」に出てくる「煉獄」に行き当たる、という夢です。もともと長い睡眠などとったことがないので、悪夢を見るリスクが高まっていたのかも知れません。「神曲」は14世紀にイタリアの詩人ダンテが著した「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」の3部で構成される長編叙事詩です。煉獄とは、地獄と天国の中間にある場所です。地獄に落ちた死者は、そこで永遠に罰を受け続けるのですが、煉獄は、悔い改める余地がある死者が行く場所で、そこで自分の罪を清めれれば、その死者は天国に行けるのです。
この夢を見た直後、私はこの経験をエッセーに著し、「あるがまゝ行く」の編集者に送りました。彼女は秘書を通して、私にこう伝えてきました。「先生はみんなの健康と長生き、世界の平和を願って、飛び回っている。あれだけ他人思いの人間が、煉獄に行く、というのは考えにくい。どうか、お気を落とさないで下さい。一方で大変僭越ながら申し上げますが、その夢は神様からの『警鐘』ではないでしょうか」煉獄は、高慢、嫉妬、憤怒、怠惰、貪欲、暴食、愛欲の七つの罪をきよめる場所です。「先生のお仕事は他人のためになることですが、先生は仕事そのものに、少々『貧欲=greed(グリード)』過ぎませんでしょうか。
体を壊すまで働かないよう、神様が煉獄を見せて警告なさったのでしょう」と言うのです。私が塞ぎ込んでいるのでは、という編集者の心配は、結局のところ、杞憂に終わりました。悪夢の翌日、私はNHKの番組「こころの時代」収録で、金沢市の鈴木大拙館を訪ねました。すると、仏教者の鈴木大拙老師が残した言葉「それはそれとして」が目に入り、私の心深くに染み込んで来ました。
特定の物事にとらわれることなく、「それはそれとして」、心を流れる水のように保つ。来たるべき時間をよりよく生きるため、しなやかな心で前を向く。「それはそれとして」。そうつぶやいた時、私はやっと体の疲労感とともに、精神の疲れまでもが、さらさらと洗い流されていったように感じたのでした。
◇2013年12月14日付を再掲しました。

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