1月23日 人生の贈りもの 谷村新司「8・9」

朝日新聞2020年1月17日30面:竹下通り あ、僕と結婚する人だ アリスを始めた頃は関西在住です。1972年10月から文化放送の「セイ!ヤング」で毎週、東京に来ていました。原宿の竹下通りに中南米などの輸入雑貨や衣料を扱う店があって、ときどき立ち寄っていたんです。そこで働いていた女性に一目ぼれしました。あ、この人は結婚する人だ、と思ったんだよね。出会った明くる日から毎日、電話をしました。1日も欠かさず電話をするんだけど、急に連絡がない日があるけと、向こうは「どうして今日はなかったんだろう」と思い始めるでしょ。それぐらい押しまくったし、一切引かなかったですね。出会って半年ぐらいで大阪に連れて行って、「結婚しようと思っている相手だ」と両親に紹介しました。彼女は「NO」と言わなかったんで、「YES」なんだな、と。東京に戻ってから部屋を探して、しばらく一緒に暮らして77年9月に結婚したんです。《結婚前に暮らした神宮前のアパートには、フォークグループのバンバンが居候していたことおも。「『いちご白書』をもう一度」が75年にヒットする前のことだ》 4畳半2部屋と台所で狭かったけど、THE ALFEEの3人もご飯を食べに来たし、あらゆる人のたまり場でした。彼女は料理がすごく上手だったので、相撲部屋のおかみさん状態というか、ご飯を作って食べさせていました。音楽で生きていくのは大変な時代だったので、多少でもゆとりがある人が食べさせるのは自然なことだと、僕らは思っていたんですよ。自分で作品を作ってライブをやって、好きな音楽で生きていけたら、と夢に描いて、それを実現させようとしていたから、同じ思いを持つ人がいたら応援したいと思うじゃないですか。この前も久しぶりにTHE ALFEEの高見沢(俊彦)と会ったらその頃の話になって、「しょっちゅう行っていました」と。みんな仲間のような意識があって、あの時代だからあり得た空気感でしょうね。(聞き手・坂本真子)
朝日新聞2020年1月21日23面:過労で入院 命と向き合い創作 《1978年夏、アリスは初めて日本武道館のステージに立つ。3日間公演した》 レコードでしか聴いたことのなかったザ・ビートルズが日本に来て、演奏したのが日本武道館。日の丸が上にある会場で、時代の象徴であるザ・ビートルズがロックンロールをやった。衝撃と伝説の場所です。そこで自分たちが音楽をやるわけで、僕らにはものすごく特別なことでした。その2カ月ぐらい前かな、僕が旅先で倒れて入院したのは。過労と診断されて、2週間は安静にしなきゃいけないというときに書いた曲が、翌年ソロで出した「陽はまた昇る」。自分が体を壊したことがショックだったし、隣の病室の方が突然亡くなって、命は永遠じゃないことを実感したんです。それまでの忙しい日々とは全く別次元の、明日を約束できない世界。命には限りがあると、心に覚悟を持って日々を過ごしたい。そんな思いを歌に込めました。復帰のステージが日本武道館だったので、オープニングの何とも言えない胸の鼓動は忘れられません。堀内(孝雄)と矢沢(透)もすごく緊張していましたね。《78年12月発表の「チャンピオン」は最大のヒット曲になった》 作家の沢木耕太郎さんと雑誌の企画で対談した後、誘われて下北沢の金子ジムへカシアス内藤のスパーリングを見に行ったんです。その夜のうちに感じたことを書いたのが「チャンピオン」でした。詞の世界に決めごとはなくて、その瞬間に浮かんできたものを書くようにしているんです。書こうと決めるとスイッチが入る。詞は読んだ人、音楽は聴いた人が感じることが全てなんですよ。1+1が1億になる人もいるし、0にもならないこともある。それが音楽のマジックの面白いところ。だから音楽は次元を超えていくんです。(聞き手・坂本真子) 1948年、大阪生まれ。代表曲はアリスの「冬の稲妻」「チャンピオン」、ソロの「昴―すばるー」など。

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