1月18日 多難の国産ジェット「中」

朝日新聞2020年1がつ15日7面:機体名も設計も・・相次ぐ変更 国産ジェット旅客機「MRJ(現スペースジェット)」は2003年ごろに三菱重工業が研究や市場調査を開始した。全日本空輸(ANA)から25機を受注した08年に正式に事業化した。地方を結ぶローカル路線への採用を見込む小型ジェット機だ。三菱航空機はこのとき、トヨタ自動車や三菱商事などからも出資を受けて設立。設計や販売を担い、機体の製造は三菱重工が行う。当時としては最先端のエンジンや素材を採用し、燃費の良さと騒音の少なさ、客室の広さなどを売りにしてきた。MRJっは「ミツビシ・リージョナル・ジェット」の頭文字だった。ところが「地域の」という意味の英語「リージョナル」には機体が狭いイメージがあるとの指摘を受け、19年6月に「スペースジェット」に改名した。「広々とした」という意味の「スペーシャス」にちなんだという。現在開発中の機体は定員が76~92人の「スペースジェットM90」。定員65~88人と少し小ぶりな「M100」も23年の納入開始を目標に開発を検討中で、将来は100席級の「M200」の開発も模索する。開発を始めた際に「13年」としていた初号機の納入開始はすでに5度延期された。最初の延期は09年9月。主翼の素材変更や客室の拡張のためで、納期は「14年初め」に延ばした。2度目は12年4月、三菱重工で航空機部品の検査態勢に不備が見つかり、「15年6~8月」に延期。13年8月には、安全性の確保のための部品の仕様変更に時間がかかったとして「17年4~6月」へ3度目の納入延期を発表した。初飛行に成功した直後の15年12月にはソフトウェア改修などのために「18年半ば」に、17年1月には設計変更のために「18年半ば」に、17年1月には設計変更のために「20年半ば」に納入開始を延期した。最新の設計変更は安全性をより高めることが主眼で、テロなどで機体の一部あ破損しても飛行を続けられるよう、計器や配線を分散。このたびに完成した試験10号機に反映された。ここまで開発が難航する理由はなんなのか。まず、そもそも設計や製造が難しい。国産旅客機は、三菱重工も加わった官民共同出資会社が1960~70年代に手がけたプロペラ機「YS11」を最後につくられていない。ジェットエンジンを積んだ国産旅客機の開発は前例がない。三菱重工は米ボーイング向けにジェット旅客機の主翼などの部品や、自衛隊向けのジェット機も手がけた。だが、部品をつくるのと、約100万点の部品からなる完成機をつくるのとでは複雑さの次元が異なる。防衛省の求める水準をクリアすればよい自衛隊向けと、不特定多数の航空会社が運行することを想定する旅客機でも、必要な手続きや求められる技術がまったく異なるという。そして、難航の理由はそれだけではない。(初見翔)

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