1月18日 人生の贈りもの 谷村新司「6・7」

朝日新聞2020年1月15日30面:投げ銭を抱いてメキシコの夜 《1970年夏、カナダのバンクーバーから米大陸を横断し、メキシコを通りロサンゼルスへ。複数の日本のバンドと一緒に約40日間、演奏しながら旅をした》 長距離那須で夜中に移動してホテル代を浮かせて、ストリートで歌いました。行く先々の街で日系の人たちが応援してくれて、泊めてもらったり差し入れをしてもらったり。日本人の無謀な若者たちにびっくりしたらしいです。日本語で歌うと、基本はノーリアクション。でも、音楽で交流している喜びはあったし、熱狂してくれた人もいた。音楽は国境を超えることを初めて実感しました。当時は1㌦360円で、1千㌦しか国外に持ち出せない時代。日本の知人に頼んで、旅先にお金を送ってもらって食いつないでいたんだけど、メキシコに着いた頃、その知人がお金を持って消えた。僕らは路頭に迷ったわけです。そんなとき、友達になったメキシコ人の誕生日を祝いに家へ歌いに行ったら、何十人も呼んでくれていて、「新司、歌ってくれ」。僕らが困っていることをみんな知っていて、帽子にお金を入れてくれるんだよね。「僕らはお金のために歌うことはしない」と断ると、「いや、君の歌に感動したから入れたんだ」と言われて。お金の入った帽子を押しつけられて、泣きながらそれを抱きしめて、真夏の夜をモーテルまで歩いて帰ったシーンは、人生ですごく大きな出来事でした。どんな国にも悪いやつはいるし、素敵な人もたくさんいる。それが後に、僕が日本を飛び出してアジアに行く全てのベースになったんです。《共に旅をした他のバンドに、ドラムの矢沢透がいた。ロック・キャンディーズが所属する神戸のサークルに入ってきた後輩のバンドに堀内孝雄がいた》 矢沢とはすっかり意気投合して、リズムがすごいなぁと思ったし、堀内の歌にほれ込んで、プロになるならこの3人しかあり得ないと考えたのが、アリスの始まりでした。(聞き手・坂本真子)
朝日新聞2020年1月16日30面:ブームを勘違いしたら壊れる 《1971年に堀内孝雄とアリスを結成し、翌年デビュー。矢沢透も加わり、3人で活動する》 最初は全然知られていなかったので、お客が数人でも歌いました。交通費が出ないことも多かったけど、全国どこでへでも行って、1年間に300ステージはライブをやりました。文化祭で1日に5校掛け持ちしたこともあります。自分たちで作った歌を聴いてもらうための旅でした。《赤字解消のため、所属事務所は73年に米国の歌手ジェームス・ブラウンを呼ぶ(初来日公演)が不入り。ほかの企画もうまくいかず、多額の借金を背負う》 世間の人がアリスを知ってくれたのは、77年の「冬の稲妻」ですね。その前には全国のホールがほとんど満員になっていて、ライブバンドとしての基盤ができていたので、一気にテレビに出て行こうと決めて作った曲です。これで借金を解消しました。それまでのバンドは解散するかやめるか、パターンが決まっていたけど、アリスはそれを突き抜けていくグループでありたいと思っていました。矢沢はリズム&ブルース、堀内はザ・ビートルズ、僕はピーター・ポール&マリー。3人のベースが違うことは最初からわかっていて、全然違うから面白いものができるし、そこがアリスの魅力になる。ただ、アリスばかりやっているとストレスがたまるから、ソロで上手に発散できたらいいかも、と考えたんですね。当時、アリスをやりながら3人がソロを出すことを、周りは理解してくれませんでした。「仲が悪いんですね」と言われたけれど、そんな次元の話じゃないんです。「冬の稲妻」でブレークして、「ジョニーの子守唄」などの曲を出すたびにみんなが熱狂してくれて、ブームになっていることは、「チャンピオン」の前に3人ともわかっていました。これがずっと続くと勘違いしていたら壊れる。でもブームだと理解してやっていけば、道は開けるはずだと思っていました。(聞き手・坂本真子)

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