1月16日 人生の贈りもの 谷村新司「4・5」

朝日新聞2020年1月10日26面:中2でギター LP聴き音拾う 《中学2年のときにギターを弾き始めた。同じ頃に親友ができる。彼は詩を書いていた》 教則本などない時代で、全て自己流。ピーター・ポール&マリーのLPを1日何時間もひたすら聴いて、1音ずつ拾って数カ月頑張ったけど、どうしてもLPと音が合わない。なんだか変だな、と思ったとき、音楽にちょっと詳しい級友に「チューニングって知っている?」と言われて、「何それ?」。調子笛を買ってきてチューニングをしてみたら、初めて音が合ったんです。ああ、今までの違和感はこのせいだったんだ、と。こそから世界が変わりましたね。テレビの歌番組でギターを弾き映ると、指の動きを見てまねて。中3の頃にギターのコードブックが発売されたので、それを見て音を聴くと、一気に作業のスピードが上がったんです。50人以上いるクラスで、男子では親友の藤本君だけが詩を書いていました。自分の思いをそのまま書くだけ。でも日記とはとちょっと違う。そう聞いて、僕も書いてみようと思ったのが始まりです。詩にメロディーをつけて、最初に作った曲の題名は「なぜに」でした。そのころから「Why?」がテーマです。なぜそうなんだろう、という好奇心が今も昔も僕を動かしていると思います。《高校に入ってフォークギターを買い、初めてバンドを組んだ》 日本ではグループサウンズ(GS)が出てきて、テレビでベンチャーズが流れ、ビートルズが世界を席巻していた頃です。高校で初めて同じクラスにギターを弾く生徒が1人だけいたんですよ。ギターを持っていると不良と言われ、生徒指導の先生に呼び出された時代でした。でも全く気にせず、2人で音を合わせる快感に魅せられて、放課後に友達の家に集まって秘密結社のように練習していました。高2のとき、アコースティックギター2本と女性ボーカルで「ロック・キャンディーズ」というグループを組んだのが最初です。(聞き手・坂本真子)
朝日新聞2020年1月14日25面:ピンハネ未遂 社長との出会い 《高2のときにフォークグループ「ロック・キャンディーズ」を結成。ギターは同級生、ボーカルは知人の妹だった》 1967年に大学に入って経営学を専攻しました。授業料は、アルバイトをして自分で全額払いました。バンド活動をやる時間を確保するために進学したので、親に負担をたけたくなかったんです。1年生の頃、アマチュアバンド同士でホールを借り、チケットを手売りしてコンサートをやったら、偶然それを見た毎日放送ラジオ「歌え! MBSヤングタウン」のプロデューサー渡辺一雄さんに、夜中の番組でDJをやらないかと誘われたんです。僕がステージで話すのを聞いて面白いと思ったらしく、「今日みたいな感じでええねん」と。「それやったらやってみます」と引き受けました。公開録音に10万通近く応募が来る人気番組で、関西のアマチュアバンドの登竜門。ロック・キャンディーズは大阪や神戸で人気が出て、レコードも出したんです。深夜番組で生活サイクルが家族とずれたので、20歳の頃、実家の近くにアパートを借りました。《3歳下の女性ボーカルが大学受験に専念し、ベースを加えた男3人で活動した時期もあった》 70年春、大阪万博のカナダ館で開催されたアマチュアバンドのライブにも出ました。僕らが歌い終わると若い男がやってきて、「実はピンハネしようと思っていた」と謝ってきたんです。出演者のギャランティーを自分のポケットに入れて、軽トラックを買おうとしていたんだとか。正直に告白されて、逆に信用できると思ったんですよね。後にアリスの事務所の社長となった細川健との出会いでした。「お前らの歌はええな。アメリカ人に聴かしたろうや」と彼に言われて、その年の夏、カナダのバンクーバーに行きました。(聞き手・坂本真子) 1948年、大阪生まれ。代表曲はアリスの「冬の稲妻」「チャンピオン」、ソロの「昴ーすばるー」など。

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