1月10日 平成とは6消費社会

朝日新聞2018年1月5日2面:値札の先の作り手。3.11で気づいたのに 平成という時代には、東日本大地震の後、別の時の流れがありえたはずではなかったかー。消費社会という巨大な歯車が静止した間、別の可能性を模索し、生き方を見直した人もいた。でも、その歯車は再び回り始めた。前よりも強く。
零下3度。夕闇が迫るころ、築84年の古民家のストーブに、そっと薪をくべる。年の瀬の長野県売木村。人口556人の山村に、能見奈津子(33)は6年前に移り住んだ。戦前に炭焼きで栄えた寒村だ。静かな炎を見つめ、来し方を語った。兵庫県に生まれ、大阪の大学を出て4回転職した。東京駅前の大丸百貨店で野菜を販売していた2011(平成23)年3月11日、大地が揺れた。
東京都狛江市へ帰宅すらできない。おまけに、スーパーからモノが消えた。「なんやこれ。お金があっても何もできないやん」「生きる力を高めたい」。1年後、売木村の「地域おこし協力隊」に応募。村職員として移り住んだ。いま、年5俵の米を収穫し、自宅裏の窯で炭を作る。そばには山の清流が注ぐ。「電気とガスが1年間止まっても、生きていける」。物流に交通、金融。巨大なシステムの脆弱さを、思い知った。村では古民家の再生を手がけ、移住を望む人をみつけては空き家に明かりをともす。村民の3割は外から来るIターンだ。でも、ふと思う。震災が突きつけた問いには、消えてしまったのか。自分は少数派。「震災前の暮らしに戻った人が、はるかに多かった」。そんな疑問を抱き、昨年11月、東京で開かれたある座談会に出た。
「都会の消費者が農村の生産者の上に立ち、その顔すら思い浮かべない。都市の一極集中も変わらない。震災後は文明論まで論じられたのに、いまや何もなかったかのようだ」168回目の座談会だった。主催は高橋博之(43)、「東北食べる通信」の編集長だ。農家や漁師を訪ねてルポにまとめ、その産品と一緒に毎月会員へ届ける「食べ物つき情報誌」だ。同時に、全国をめぐり、3.11が残した問いを論じ合う。11年前まで岩手県議だった。要塞都市のような沿岸の防潮堤計画に「地球は人類の所有物じゃない」と反発した。人間の工作物で自然をコントロールできるという発想こそ、見直すべきではないかー。そう訴えても、止めらなかった。国、地方、地元。誰が決めたかも、よくわからない。
もう一つ、気づかされた。三陸の魚介に農作品。こうした食べ物を、大量生産品にように消費していた自分たちだ。「スーパーで見るのは値札だけ。僕たちは、作り手の顔を見てこなかった」生産者の苦悩も工夫も生き様も、一切が貨幣価値に置き換えられる。その過程で、東北に押しつけた負担も見えなくなっていた。
それなら、生産者の顔を見せればいい。世事に別れを告げ、13年7月、「通信」を刊行した。全国の会員はすぐに定員の1500人に届いた。フランチャイズのように「食べる通信」も全国37カ所に広がり、各地に編集長が生まれた。昨年は台湾でも始まった。だが、東北でも会員数が減り、資金繰りに苦労する。「震災で、社会に風穴が空いたはずだった。でも、風はやんでしまった」
「バブル後」世代、別の物語へ 高橋の熱意が生んだ火種もある。中山拓哉(25)。昨年、外資系大手IT企業を退社。高橋が始めた、生産者直売サイト「ポケットマルシェ」の運営会社で8月から働いている。92年、福岡県生まれ。バブル期に3万9千円近くだった株価は、すでに半値ほどに落ちていた。不況下で育った「失われた20年世代」と言われてきた。
でも「東京に出て、商社で年1千万円稼ぎ、大きなマンションを買う」。そんな夢がまだ有効だった。入社1年目で月収80万円。仕事は自社のシステムエンジニア(SE)を銀行に売り込む営業。SEの値段は1人150万円。「顔も知らない先輩に価格をつけ、銀行はそれを値切る。自分のノルマのため、モノのように売り買いしていたことに嫌気がさした」父親の姿が頭をよぎった。百貨店の外商でノルマに追われ、ある日、数十万円の油絵を自分で買い込んだ。「これを買えば昇進なんだ」と家族に言いながら。重圧に耐えかねた父親はその後、出社できなくなった。中学生だった中山は「ちゃんと会社に行ってよ」となじった。
学生のころ高橋の下で仕事をした縁で、悩みを打ち明けた。高橋は、こう告げた。「顔の見える仕事をしたら?」以来、これはと見込んだ生産者を訪ねては、ポケットマルシェへの出品を促す。作り手と買い手の間に、交流と共感を生む消費を目指して。息子の転職に難色を示していた父親は最近、カバンに高橋の著書をしのばせていた。豊かになれば、それで報われる。その陰で気づかずに誰かを追い込んでいたとしても。そんな平成の「物語」の呪縛から逃れ、自分の物語を紡いでいる。「だから、必ずしも失われた20年ではないんです」(敬称略) (疋田多揚)

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