震災5年 透析施設を求めて【4】

朝日新聞3月11日30面:宮城県三陸町の三浦徳一さんは、新しく完成した南三陸病院で人工透析を始めた。透析の日は朝8時すぎに車で自宅を出発、10分ほどで着く。 「毎週月水金の3日間、計12時間。やらないと死んじゃうから、しょうがない。でも、透析を受けると『頑張って生きよう』とやる気が出るから、不思議だよ」最も気を使うのが体重管理だ。腎臓が機能を失い尿が出ないため、透析を受けた金曜日から次に受ける月曜日まで、普通に飲み食いすると5.6キロも増えかねない。食事や飲み物を注意深くコントロールする必要がある。 今のいちばんの楽しみは、風呂上りに飲むノンアルコール・ビール。体重管理のため350ミリリットルの缶を、妻の栄子さんと半分ずつに分ける。お茶も1回に湯飲みに5分の1しか入れない。のどが渇くと、小さな氷の塊を口に入れる。食事は「極力の薄味」を心がけている。 徳一さんについて、南三陸病院で透析を担当する櫻田正寿院長は「塩分を徹底的に管理して、体重を維持している。優等生の患者さんです」と話す。 被災のときに勤務していた建設会社は、入院生活が続き、定年退職という形で辞めた。流された自宅の保険金や貯金などを活用して2014年11月海が見える標高200メートルの高台に自宅を新築し、仮設住宅から引っ越した。 15年11月、2人の子ども、4人の孫らが福島県のホテルに集まり「結婚45周年パーティー」を開いてくれた。「ごちそうばかりで、ちょっと食べ過ぎたよ」徳一さん21歳、栄子さん20歳で結婚して半世紀近くたった。 「生きていると、時々いいことがるんだ。ただ、生きていないとだめなんだな」 震災直後、心筋梗塞の発作を起こし、思いがけず透析患者になり病院を転々とした。そして、5年目で腰を落ち着けて治療を受けられる地元病院にたどり着いた。 1万7千人が住んでいた南三陸町では、620人が亡くなり、いまも212人が行方不明だ(2月末現在)三浦さん一家の友人や知人らもたくさん死んだ。 「つくづく、命はもらいものだと感じます。これからも死んでいった仲間の分まで行きますよ」

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