漱石は朝日新聞社に辞表を提出したことがある

朝日新聞2月22日32面:1911年秋、漱石が痔の手術で入院中、東京朝日社内で内紛が持ち上がり、主筆の池辺三山が辞任する。直接の原因は、漱石が主宰する文芸欄に、古参の記者たちが「主筆は文芸欄を擁護しすぎる」と反発、社内の勢力争いもからんで、大ごとになった。 池辺の推薦で入社した漱石は辞表を提出。その頃の日記に鏡子夫人とのこんな会話が残されている。「あなたなぞが朝日新聞にいたっていなくたって同じことじゃありませんか」「仰せの如くだ」「ただ看板なのでしょう」「看板にもならないさ」幹部は強く慰溜し、漱石は辞表を撤回した。もしこの時辞めていたら、「こころ」も「道草」も「明暗」も、今の形で残されることはなかっただろう。

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