患者を生きる 3000回

朝日新聞3月1日31面:連載「患者を生きる」が3千回を迎えました。2006年4月に連載をスタート。患者や家族が、さまざまな病気や障害とどう向きあい、生きてきたかを紹介してきました。今週は過去に登場した方々を訪ねる「再訪編」を「5回」お届けします。1回目は元競泳日本代表の萩原智子さんです。「オリンピア萩原智子のナミダ」あらすじ 競泳日本代表選手だった萩原智子さんは、一度は引退したが09年、29歳で競技に復帰した。再び日本代表入りを果たし、日本記録を更新する一方、生理前のひどい痛みに悩まされ続けた。 11年春に受けた検査で「子宮内膜症の卵巣のうほう」と判明。医師から「不妊症になる可能性がある」と指摘された。のうほうを摘出する手術を受け、翌12年4月にロンドン五輪の選考会に出場。代表の座は逃したが「今の100%は出せた」と語った。競泳の解説などに取り組み、将来は、妊娠や出産も経験したいと思っている。(13年8月13日~18日掲載)
《本文省略》子宮内膜症は再発する恐れもある。萩原さんは、主治医から「妊娠は3年以内に考えたいね」と助言された。手術から3年になる14年夏までに赤ちゃんができなければ、不妊治療を受けようと、夫と話し合った。夫は2人の生活でも十分に楽しい。たとえ授からなくても、2人でその先も同じように楽しく暮らそうと言ってくれた。14年春、萩原さんは生理が来ないことに気付き、産婦人科を受診した。超音波検査を受けると、豆粒のような影が映った。新たな命の芽生えだった。涙があふれた。妊娠中も講演やテレビ出演など続け学生たちに闘病経験を話し「結婚したら、当たり前のように妊娠、出産できるのではない。出産までには奇跡のような積み重ねがあるんだよ」と伝えた。

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