患者を生きる 3千回記念【5】

朝日新聞3月5日30面:岡山県に住む四宮裕幸さんは2004年11月、脳出血を起こし、失語症になった。聞いた言葉は理解できるが、話したり書いたりするのは難しい。右半身にまひも残った。リハビリを続け、勤務先の金属加工会社に復帰したが、その会社が倒産。パソコンで設計図を描く技術を生かし、自宅で建築設計の仕事を始めた。(12年8月7日~12日掲載)
岡山市の自宅にある仕事部屋。裕幸さんは左手でパソコンのマウスを操り、画面の設計図と向き合う日々を送っていた。 頼まれた仕事は断らないのが信条。作業の速さと正確さが評判で、仕事は軌道に乗っている。 深夜まで働く日もあり、妻の桂子さんは「もうちょっと休んでほしいくらい頑張ってしまう」と気遣う。 右足に装具をつければ、ゆっくりと歩くことができる。14年には家族でグアム島を旅行し、脳出血以来初めて海水浴をした。 その日のことを振り返り、裕幸さんは言った。「楽しかったわ」 文章の形で話すのは難しいのだ。だが、相手に言葉を補ってもらい、それに「そう、そう」などと同意することで、意思疎通はかなり可能になった。 いまも週1回、近くの病院でリハビリに励む。言葉のリハビリでは、自身の近況を話したり、セリフがない漫画を見てその状況を説明したりする課題がある。言葉が出にくいときには、紙に絵を描いて補うこともある。「言葉を伝えようとする意欲が高い」言語聴覚士の野田心さんは語る。 子ども3人の一番上の正登さんは約10年前に交通事故に遭い、一時は意識不明になった。無地に回復し、昨年から父と同じ設計の仕事を始めている。 裕幸さんは、左の手足だけで運転できるに改造した自動車で、ドライブを楽しむ。好きなライブに桂子さんと車で出かける。 友人と銭湯に行き、大きな湯船を満喫するという。「いま幸せよなあ」と桂子さんが問いかけた。「うん、うん」裕幸さんは、かみしめるように答えた。

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