患者を生きる 働く・後編【3】

朝日新聞3月31日33面:東京都江東区で保育士として長年働いてきた国井京子さん(56)は、卵巣がんの2度の手術と抗がん剤治療を経て2008年1月、約1年ぶりに職場復帰した。 短時間勤務から始める選択肢もあったが、最初からフルタイム勤務にした。心配する同僚には「つらいときは、自分からつらいと言うし、耐えられなかったら休日を取るから、以前と同じように接して」と伝えた。
園児たちに囲まれていると「私がいる場所はここなんだ。私を必要としてくれるのは、この子らなんだ」と、胸がいっぱいになった。病気を経験したことで「命はいただきもの」という思いが強くなった。その瞬間瞬間を思い切り楽しそうに過ごしている園児たちを見るだけで、いとおしくなった。それから約6年。14年4月に、江東区立亀戸保育園の園長に就任した。しかし、その3ヶ月後、定期的に受けていた腫瘍マーカーの数値が上がっていた。PET検査を受けると、腹膜にがんが見つかった。
9月に手術を受け、摘出した組織を調べたところ、原発の卵巣がんが転移したものだった。仕事を続けるため、その後の4ヵ月間の抗がん剤治療は通院を選んだ。
朝6時に病院に着き、できるだけ早い順番を取って約6時間の点滴治療を受けた。職場に戻るのは夕方になった。副作用の吐き気や脱力感がひどいときは、通院や通勤にタクシーを使った。 昨年2月に抗がん剤治療が終わり、経過観察を続けている「職場の理解や医学の進歩、そして、家族の支えがあって、今の私がある」と感じている。公務員のために条件が恵まれていたことには感謝している。がん患者が増え続けるなか、きちんと休職でき、給与も保証されることが当たり前の社会になってほしいと思う。
部下の保育士が、がんで休職することも経験した。復職したその保育士には、自らの経験をもとにアドバイスの言葉をかけた。「つらいときはいつでも言って、休んでね。言ってもらえないと私たちにはわからないし、自分の体のケアは、自分しかできないから」(石川雅彦)

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