患者を生きる 働く・後編【2】

朝日新聞3月30日33面:東京都江東区で保育士をしていた国井京子さん(56)は2006年12月、進行した卵巣がんが見つかった。2度の手術と抗がん剤治療を経た約1年後、がん研有明病院婦人科副部長で主治医の宇津木久仁子さん(57)から「すばらしいく抗がん剤が効き、がんがほとんど消えた」と告げられた。やっと復職の機会が訪れた。
入院の当初から180日間(現行は90日間)習得した「病気休暇」は07年7月で終わり、「病気療養」という別の制度に切り替わっていた。区職員の病気休暇では基本給が100%支給され、病気休暇は最初の1年間が8割支給される。公務員として治療中も金銭的な支援を受けることができた。職場には迷惑をかけたとの思いがあり、できるだけ早く仕事に戻りたかった。
宇津木さんには「ボランティアなどをして、ゆっくり過ごすのもいいわよ」と助言されていた。しかし、20年近く続けてきた保育士をやめるのは、自分の人生を否定するように思えた。「どれだけ生きられるのかわからないけど、もし余命があるなら、保育士として生きたい」07年12月、当時勤務していた保育園の園長に「来月から復職したい」と連絡を入れた。
しばらくして江東区の保育課と人事担当課の幹部2人が、主治医の宇津木さんのもとに現れた。2人は、国井さんが個人情報の公開に同意していることを示す文章を見せて、病状を尋ねてきた。「復職したいと言われているのですが、医師としてどう思われますか。体調は大丈夫ですか?」宇津木さんは、患者の復職をめぐって職場関係者の訪問を受けるのは初めてだった。担当者の話ぶりからは、国井さんが再び職場に戻れるようにという前向きな気持ちが感じられた。国井さんの仕事への熱意を踏まえ、宇津木さんはこう説明した。
「いま働きたいと言っておられるなら、いますぐ復職させてあげてください。体力の回復をまっていると、その間に再発してしまうかもしれません。復職するなら、いましかありません」08年1月、国井さんは東陽保育園で、再び働き始めることになった。(石川雅彦)

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