寂聴 残された日々

朝日新聞2月12日28面:この世は苦の世だというのは、仏教の根本思想だけれど、そうとわかっていても、人間は、今日一日が無事であることを信じて生きつづけている。 朝、目を覚まし時、ありがたいことだなど、しみじみ思う人なんて、まあいないだろう。 ところが一寸先は闇なのがこの憂き世なのである。 中国の正月、春節を目前にした2月6日、台湾南部に大地震が襲い、高層集合住宅が倒壊し。30人を超す死者を出し、尚建物の中に100人以上が閉じ込められたという大事件が起こった。日本でも、関西の大震災や東北の地震津波の襲撃の恐怖を味わってきているだけに、ひとごとと思えず肝を冷やした。テレビに映る救助の様子を見ると、関西や東北の悲参事がよみがえり、胸が痛んだ。たまたま、私は前日に贈られてきた未知の人の本を読みかけているところだった。それは、1985年のあの悲惨な日航機事故で御長男一家を亡くされた父親。栗原哲さんの書かれたものであった。「愚直」という題の本であった。「戦前から戦後、九十年を愚直に生きた男の記録」という文字が、題の下に記されていた。
父親の自分史を綴る姿に打たれた次男が、その手記の整理を助け、事故後の日記の整理も手伝ったのだという。その中に私の名が度々見え、時には「寂聴さん助けて」という文字も見つけたので、この本を恵送してくださったということだった。(中略)
哲さんは昨年10月脳梗塞を起こし、話しも食事も出来ない状態だとか。私も大病からようやくよみがえったばかりである。2人とも生きている間に、一度でもお見舞いしたいものだが。
😐 作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんによるエッセーです。原則、毎月第2金曜日、朝日新聞に掲載します。

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