寂聴 残された日々 これからの乙武さん

朝日新聞4月8日31面:今から17年前の初夏乙武洋匡さんが後にも先にも一度だけ、京都の私の住み家、寂庵へ訪れてくれた。 たしか乙武さん、23歳の時だった。早稲田の学生で、すでに「五体不満足」という本を出版して、本は売れに売れ、有名人になっていた。
その乙武さんと私の対談を、雑誌「現代」が企画した。 約束の時間通り、現代の長身の編集者が軽々、乙武さんを胸に抱き、門から入ってきた。玄関に入るなり、私の足元へ、軽い荷物を置くように、抱いてきた乙武さんをひょいと置いた。乙武さんはその瞬間、私の目には、一個のぬいぐるみのように見えた。 そのショックで、私はうろたえてしまった。本も読み、写真も見てはいたが、実際に両手、両足のないその人を目撃した瞬間の驚きは、予期以上のものであった。この体で生まれ、早稲田の学生になって、ベストセラーの本を出すまでの歳月、人のしないどれだけの苦労をしてきたのかと思うだけで胸がいっぱいになった。
対談が始まったら、乙武さんは、すがすがしい美形の顔を真っすぐあげ、私の顔を正面から見て、その清潔で深い瞳で私の目を見つめ、質問に即座に期待以上の答えをくれた。
「障害は不便である。しかし、不幸ではない」と、「五体不満足」の本に書かれたヘレン・ケラーの言葉を、彼の口から、きっぱりと、じかに聞くと、その言葉の重みが、格別の感動を呼びおこすのであった。彼以上の苦しみに耐えて、ここまで爽やかな人間に育てあげた母なる人の、精神の強さと聡明さに、改めて感動した。
会ったのはその時だけだったが、その後の乙武さんの動きや噂を他人事ならず注意していた。結婚したと聞いた時も、教育者になったと聞いた時も、子供が次々生まれたというニュースも、自分の肉親の慶事のように嬉しかった。
ずっと陰ながら好意を抱きつづけ、その幸福を祈っていた乙武さんが、突然、不倫の不行跡をあばかれ、週刊誌に書きたてられ、マスコミに避難されている。 まさか夏の参院選に向け、自民党で立候補するなど思いもかけなかったが、さすがにそれは取りやめた。
これから生きのびるには、小説家になるしかないのでは。小説家は不倫をしようが、色好みの札つきになろうが、その恥を書きちらして金を稼いでもどこからも文句は言われないよ。

2016/ 4/ 8 12:12

2016/ 4/ 8 12:12

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