「カワセミ日記」その後

朝日新聞3月21日3面:福島第一原発1号機が爆発して丸5年になる今月12日、福島県飯館村長泥区長の鴫原良友(しぎはらよしとも)(65)は長泥の自宅を訪ねた。自宅を訪ねるという表現はおかしいが、鴫原は福島市内の避難住宅に住んでいる。自宅に入る機会はめったにない。
さっむいなあと言いながら畳に座ってぐるりを見る。「この家にそっくりなんだよ。8畳間が二つ続いてて、廊下があって、庭があって」 そっくりというのは市内に昨年買った中古の家。長泥は村で唯一、帰還困難区域に指定されている。放射能汚染で地区ぐるみバリケード封鎖された現実に心が折れたのだろう。一人、また一人と住民は村外に家を買い求めた。現在、購入者は全74世帯の約7半数に達している。 しかし鴫原の場合、新しい家に住める見通しはない。同居する孫が近隣自治体に引っ越した飯館の小学校に通っているのだが、村は来春にも小学校を村内に戻す。孫を通わせるには村の近くに住むしかない。 自宅の庭には水戸市の写真家、関根学(50)が設置した固定カメラが4台。関根が長泥でカワセミの巣を見っけたのは2011年の7月だった。放射能で汚染された集落に生き物がいる、そのことが関根の胸を打つ。以来、関根は長泥に通う。 鴫原は関根をバックアップし、関根は鴫原の庭に次々にカメラを設置した。前を動物が横切るたびに、シャッターが切れる。1台は長泥の田畑に向け、1日1回シャッターが切れるようにした。まるで日記のように、長泥の移り変わりを写し込む。 関根の努力は今月初めできた記録誌「もどれない故郷 ながどろ」(芙蓉書房刊)で生きた。戻れないかもしれないと思った時、住民が思いついたが記録誌づくりだった。 400ページに長泥の人と生活をぎゅと詰め、方言も出来る限り忠実に載せた。収録した多数の写真には関根が撮ったものがたくさんある。
今、長い避難生活が住民の心身に影響を与えている。鴫原は体の数値が悪化し、薬が手放せなくなった。 夜は2,3時間ごとに目が覚め、べっとり寝汗をかく。ストレスだよ、とぽつり。帰還困難区域には月10万円の慰謝料が5年分まとめて出た。 それもストレスの原因だ、と。
「賠償金出てから全然違う。『あんたらいいな』とか、『パチンコしてタバコ吸って飲み屋で遊んでる』なんてな。あれ、きっついなあ」ストレスに耐えて、また春が来る。

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

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