9月7日てんでんこ 西日本豪雨「15」命のライン

朝日新聞2018年9月1日3面:「ここまで水が来る」。オレンジ色のペンキで堤防と同じ高さに線を引いた。 小中学校や農協の2階の壁、井原鉄道の高架橋ー。倉敷市真備町地区には、オレンジ色のペンキで幅20㌢ほどの横線が引かれている建物がある。「オレンジライン」の高さは、街を西から東へ流れる小田川の堤防の高さと同じ、箭田地区のまちづくり推進協議会事務局長、守屋美雪(69)が「最悪のとき、ここまで水が来る」と訴え、2年前から塗ってきた。
静岡生まれで、結婚してここに住み始めたのは38年前。明治生まれの夫の祖父は「一帯が水浸しになり2階で助けを待った」と、よく昔話しをした。家の壁には木舟が掛かり、「万一の時はこれで逃げろ」とも言われた。東日本大震災で被災した岩手県山田町に行き、仮設住宅で炊き出しをした時のこと。家族を亡くしたおばあさんが「独りぼっちにった」と涙した。幾度も洪水に見舞われた真備にとってひとごとではない、と思った。
命を守るため何ができるのか。考えついたのがオレンジラインだ。震災後、街中に増えた海抜を示す標識がヒントになった。「そんなところまで水が来るわけがない」。そう言われながら、11カ所を目標に、今年3月末には7カ所まで引き終えた。7月6日、「その時」が来た。午後10時に避難勧告が出ると、土砂降りの中、20軒近い家を回り、避難を呼びかけた。「2階にいれば大丈夫」「赤ちゃんがいるから避難所で迷惑になる」と、とどまる人が多かった。
一人暮らしの84歳の女性宅は、真っ暗で鍵がかかったまま。時間をおいて3度足を運んだが返事はない。自分が避難所に向かったときには、日付が変わっていた。朝までに、小田川と3本の支流が決壊。地区は浸水し、深さはオレンジライン付近に達した。再会した近所の人は恐怖を語った後、こう言った。「守屋さんの話、ちゃんと聞いとくべきじゃった」。84歳の女性は自宅で、遺体となって見つかっていた。オレンジラインを思い出して逃げたという声も聞いた。だが、もっと多くの人を避難させられなかったか。「災害が迫ったらまず避難を」。どうしたら行動に結びつくのか。あきらめずに考えていく。(桑原紀彦)

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