9月5日てんでんこ 音楽の力【10】

朝日新聞2017年9月2日3面:日常を取り戻さねばと、小曽根真はFM番組を再開した。 1995年1月、静養先のハワイについた直後、ピアニストの小曽根真(56)はCNNの映像に釘付けになった。故郷の神戸市の阪神高速道路の高架が倒れていた。すぐ父のハモンドオルガン奏者、実(83)に電話した。
「ごっかったぞ。死ぬかとおもた」。父の声は聞いたことがないほどうわずっていた。それっきり電話はつながらなくなった。小曽根は東京にとんぼ返りした。交通事情で神戸に戻れない間、テレビで流れる死者の名前をチェックし続けた。実家にたどりついたのは1週間以上経ってから。両親や親族の建物は被災したが、全員無事だった。
小曽根は自宅のある東京と往復しながら、設立時から関わる「Kiss FM」に泊り込んだ。放送では被災者に向け生活情報を流し続けた。小曽根はアナウンサー役を手伝いながら「ひんしゅくを買うかもしれへんけど、少しでも早く日常を取り戻すことが必要」と自分の音楽番組を再開しようと局内を説得したが、スポンサーの社長も自社ビルが倒壊したが、共感して同席してくれた。
3月、小曽根の番組「OZMIC NOTES」が復活した。「みなさんこんばんは!帰ってきました」と神戸のスタジオから生放送すると、歓迎のファクスが殺到し、番組終了後も届き続けた。この年は番組が始まって5周年で、クリスマスに大きなファンの集いをする予定だった。小曽根は「不謹慎だと思われたら申し訳ありませんが、僕はこんな時だからこそやりたいと思いま」と番組で呼びかけた。
会場に予想を上回る200人が集まった。「心の日常のために音楽が欲しい人がこれだけいるんだ」。そう思いながら演奏した。震災は縁を生む。その年、参加した震災支援のコンサートを主催した女優、神野三鈴(51)と結婚した。ただ、震災が2人を結びつけたことは、「震災で生き別れ、死に別れた夫婦もいる」と思うと、簡単には人に話せなかった。
神野が井上ひさし(故人)の劇に出演していた縁で、小曽根は井上ともつながる。それは、東日本大震災の被災地、岩手県大槌町との縁になり、そこでの「日常」を取り戻すために一役買うことになる。(東野真和)

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