9月4日 平成とはプロローグ【5】

朝日新聞2017年9月1日2面:郵便受けの500円 細かいつながり 路上の貧困生活 本人が悪いのか
名古屋報道センター 斉藤祐介(35)

スウェットのズボンに手を突っ込むと、44円が小さく音を立てた。1日1食。「今夜は菓子パン1個」8月夜。東京都心の首都高の高架下。タニさん(40)は、蚊取り線香をたき、携帯電話でテレビを見ていた。契約を切れているが、乾電池で充電すれば、2時間は電波を受信する。
ほかの野宿者が橋脚のたもとで眠った深夜、池袋まで30分以上歩く。アパートに着くと、郵便受けを開ける。折り重なるチラシの下から500円を抜く。幼なじみの男性の家だ。「あいつには頭が上がらないよ」。公衆電話で10円を入れ、彼の携帯に履歴を残す。すると500円や小銭を置いてくれる仕組み。
頼る家族はいない。四国の出身。生後すぐ施設に預けられ、幼くして農家の養子になったが、父はすぐ手を上げた。「ここに4針ぐらいの傷がある」。頭の傷は薪で殴られた傷と言う。家に居場所はない。1996年、20歳でこの幼なじみと上京。家と縁を切った。
東京で5年以上、建設現場で働いたが、次第に気持ちは切れた。公演で野宿すると気持ちが良い。20代半ばから、路上と幼なじみ宅の往復。時々、日雇い労働。今の暮らしが、すべてタニさんのせいだとは思えない、と私は伝えた。頼るべき家族がいないのだから。だが、タニさんは笑った。
「恨むなら自分。仕事が長く続かない自分だよ。路上は自分の責任だもん。人様に迷惑をかけないよう生きたい」。手元に昔作った臓器移植の意思表示カードがある。「最期ぐらい社会のために役立ちたいよね」。笑顔が、寂しげだった。500円という細いつながり。この金も、いずれ返さなきゃ、と言う。
「国や会社、家族に頼れなくなった不安定な時代。強いつながりがあっても切れれば孤立する。弱くても強くても、社会との接点、つながり先を増やすことが大切です」
NPO「自立生活サポートセンター・もやい」理事長の大西連(30)は言う。昭和には血縁や地縁といった「固い結び目」があったが、しがらみの側面も強かった。単に昔がよかったとは言えない、と大西は言う。野宿者の支援、孤立の解消をめざして01年に設立されたもやい。その名の由来は、荒波に切り離されぬよう船と船、船と杭を結ぶ綱、「舫」である。今、寄せられる相談は多岐にわたる。病気、ひとり親家庭、DV、ひきこもり・・。経済的困窮に生きづらさが、絡み合う。「ゆるやかで新たなつながりを結び直す。平成で正解は見つけられていないけど、これからも模索するのが僕らの役割かも」。大西は、地べたから問う。
ネットカフェ離れ 居場所見つけた 8月5日午後、東京・新宿の都庁前に弁当配布を待つ83人の長い列ができた。野宿者や生活困窮者に弁当を配り、健康・生活相談に応じる「新宿ごはんプラス」の活動だ。共同代表として大西も参加する。約5カ月前、ここから男性(30)は、「ネットカフェ難民」を脱した。
「久しぶりに家具をそろえる。もう一度社会復帰したい」。7月下旬、男性は東京都内の6畳半に入居した。家賃5万3700円。生活保護を受給し、うつ病などの療養を続けている。福島県出身。07年に20歳で甲信越地方のパチンコ会社に正社員として入社した。6年務勤めたが、上司や客との関係に苦しみ、うつ病を発症。退職して13年6月に上京した後は関東各地で派遣社員として働いた。
3月、工場を辞めて流れ着いたのが、1日2400円の東京・新大久保のネットカフェ。「難民」生活を続けながら仕事は見つけた。だが先に金が底をついた。まだ夜は寒い。路上生活も覚悟したが、ごはんプラスにつながった。
親には頼れなかった。うつで正社員を辞めた時、親から「根性が足りない」、妹の結婚式が決まると「お前も自立しろ」。「これ以上親に迷惑をかけるぐらいなら音信不通の方がいいのかなって」と男性は言う。
現在、野宿者支援のボランティア活動に顔を出し始めた。「この新しいコミュニティー、疑似家族の方が居心地が良いです」男性は東京の片隅で新たな「舫」を見つけつつある。(一部敬称略)


不安だった「少しの寄り道」 2007年、私は25歳のフリーターだった。大学卒業から2年、少しの寄り道ぐらい、と思って社会に出たら進べき道を見失った。月収12万円、朝6時前の通勤、親と囲む夕食、ビデオ店で借りた映画。単調で気楽な毎日。だけど不安だった。貧困とその背景を描いた湯浅誠氏の「貧困襲来」を書店で手にした。
今夏、都心の隅で36歳の野宿者と出会った。約10年前に沖縄を出て路上4年目。薄いレジャーシートの上で「まだやり直す気持ちはあるんです。こんな生活してすいません」。何度も謝った。私にではなく、社会に言っているように聞こえて、胸が詰まった。

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

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