9月25日てんでんこ 音楽の力【21】

朝日新聞2017年9月19日3面:妻を亡くした新沼謙治。幼い頃の情景が歌詞とメロディーとなり、あふれ出す。 歌手の新沼謙治(61)は2011年3月11日、故郷の岩手県大船渡市が津波に襲われるのを、東京都内の病院のテレビで見た。がんで入院中の妻、博江を看病していた。博江と結婚式を挙げたホテル、地元民が歓迎する中を餅まきしながらパレードした大船渡駅前の商店街がのみこまれた。実家は被害を免れたが、親戚や同級生が犠牲になった。
震災後、多くの芸能人が被災地に入り、避難所を訪れていた。「謙治さんは見舞いに来ないのか」。地元の知人は、姿を見せない新沼をいぶかった。妻の入院を誰にも明かしていなかった。自分たちのことで、傷ついた人たちに追い打ちをかけたくなかった。
「私のことはいいから」。歌で励まして、と博江に背中を押され、4月、新沼は故郷に帰った。避難所を車で回った。あまりの惨状に、どう言葉をかけていいのかわからなかったが、代わりに心をこめて歌った。復興支援コンサートで各地を回った。9月、博江の容体は急変し、帰らぬ人となった。最後はみとれなかった。
毎日、これでもかというほど涙が出た。体重は5キロ落ちた。年が明けても気持ちはどん底のままだったが、新曲作りに没頭することで前に進もうとしていた。震災前、11年4月に創立50年を迎える母校、大船渡市立第一中の記念式典で、生徒たちと一緒に歌える歌を発表する約束をしていた。
なかなか曲想がまとまらない、そんな春の早朝だった。大船渡に帰省し、市内を流れる盛川のほとりを歩いていた時、爽やかな風に身を包まれた。幼い頃の情景がよみがえった。毎日のように風呂水をくみ、魚を釣った。思い出の中の風景とがれきの残る眼前の風景とが、重なり合った。自分の中にしみこんでいた思いが歌詞とメロディーになって、あふれ出た。
「その時ハッと気がついた。津波で傷ついてしまったけど、ふるさとは昔と同じように、俺を温かく包んでくれているんだって」「ふるさとは今もかわらず」は、こうして生まれた。(斎藤徹)

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