9月22日てんでんこ 祈り「5」絶望から

朝日新聞2018年9月15日3面:ラグビーで大けがし、後遺症が残る。22歳の秋、足が向いたのが禅寺だった。 岩手県大槌町の吉祥寺住職、高橋英悟(46)は在家出身の僧侶である。宮城県南部の町で公務員の家庭に生まれた。ラグビー好きの父の影響で幼い頃からラグビーボールで遊び、大学生になるまで地域のチームで活躍。東北福祉大4年生の時、試合中に相手選手に腰を蹴られて大けがをした。3カ月近い入院と大手術を経ても、椎間板ヘルニアの後遺症が残った。卒業後はチームの先輩の誘いでスポーツ衣料品会社への就職も決まりかけていた。生涯続けようとしたラグビーはもはやできない。「絶望という言葉しか浮かびませんね」と振り返る。
そんな22歳の秋、自然と足が向いたのが宮城県川崎町の禅寺だった。母方の祖父が曹洞宗の高名な禅僧で、幼い時から尊敬していた。朝5時からの座禅、読経、庭掃除・・。修行が始まった。横浜市鶴見区にある曹洞宗の大本山、総持寺で修行を続け、24歳で東京都日野市の寺に入った。副住職になり寺の運営にも慣れてきたとき、縁もゆかりもなかった大槌町で常駐住職が不在の寺への赴任を打診された。
断るつもりが、故郷に似た小さな町の風景と雰囲気が不思議と使命感を駆り立てた。2000年6月、大槌へ。荒れていた境内を禁煙にして整え、法話の最中でさえ私語の絶えない檀家宗徒とぶつかりながらも、子どもの座禅教室を開くなど関係改善に努めた。2人の娘も地元の小学校に通い、地域にようやく溶け込めた矢先の東日本大震災だった。寺を開放して避難者を受け入れ、50日目には津波にのまれた檀家168人の戒名を無料で付け、合同葬儀を営んだ。あまりに多くの遺体を前に「地獄を見た」と振り返る。が、ラグビーで大けがをしたときのような「絶望」感はなかった。「あのときはもがいていた」が、今は「祈り」の中で死者や遺族との「対話」を進めている。
「なんで自分だけ生き残ったんだ」と嘆く人には「人間界での役目を精いっぱい務め終え、たまたま津波で元の世界に帰っていったのです」と説いた。身内が行方不明のままの遺族には「自分が悪いことをしたからだ」と悔いる人も多い。「いや、家族を悲しませないための最後の思いやりですよ」。そう語りかける。(本田雅和)

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