9月2日てんでんこ 音楽の力【7】

朝日新聞2017年8月30日3面:被災楽団の「上を向いて歩こう」に、佐渡裕は音楽の原点を見た。 2011年5月、津波で被災した岩手県釜石市・根浜海岸の旅館「宝来館」の女将、岩崎昭子(61)は犠牲になった幼なじみの葬儀の弔辞を考えていた。知人から電話が来た。「佐渡裕が海に向かって鎮魂の演奏をする場所を探している」。岩崎は幼なじみへの供養も込め、来て欲しいと手紙を書いた。ファクスで送ると、すぐ佐渡の元に運ばれた。
8月8日、佐渡は、オーディションで選ばれた高校生以下の「スーパーキッズ・オーケストラ」(SKO)32人とバスで根浜海岸に向かった。がれきの山、建物に突き刺さったままの車。津波の爪痕が車窓から見える。メンバーの顔が青ざめていくのがわかった。
岩崎は、バスから小さな小学生の女の子が先頭を切って降りてきた瞬間、罪悪感に沈んだ。旅館の天井は破れ、風呂も使えない。「こんな所に来させてよかったんだろうか」演奏を翌日に控えたその夜、海辺でジンギスカン料理が振る舞われ、釜石市民吹奏楽団30人が歓迎の演奏をした。家族や家を失った団員もいて、1年間の活動休止を決めていたが、この日は特別だった。楽器を津波に流された現団長の村井大司(57)ら数人も、手拍子で参加した。
「上を向いて歩こう」「青い山脈」。決してうまくないが、練習して出る音ではない。「音楽人生の中で最も感動した。音楽の原点を教えられた」。指揮を引き受けた佐渡は振り返る。
村井は「テンポが速い」と戸惑いつつ、指揮してくれたことに感激した。「やっぱり音楽はいい。今こそ音を出すべきだ」。団員らは思い直し、活動を再開することにした。翌朝、SKOのメンバーは海岸で最後の練習をしていた。演奏する松林を清掃していた住民が、岩崎につぶやいた。「音色を聞いていると、涙が出て草むしりができない。そういえば震災の後、初めて泣けた」
午後、海に向かい「G線上のアリア」が奏でられた。佐渡は不思議だった。「野外なのに聖堂にいるような素晴らしい響きがする」。うしろを復興工事のダンプカーがごう音を立てて通っても、全く気にならなかった。佐渡とSKOはその後、毎年三陸で演奏している。熊本地震の被災地も合わせ、50回近くに達した。その経験は、SKOメンバーの音楽観も買えていった。(東野真和)

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