9月19日 オトナになった女子たちへ 益田ミリ

朝日新聞2017年9月15日29面:キリギリスな一日 久しぶりに風邪で寝込む。寝室にテレビはないし、ぼんやりと天井をながめていた。風邪で学校を休んだ日の記憶がよみがえってくる。時計を見上げ、今ごろ、算数の時間だなぁとか、そろそろ給食だなぁと考えていたときの自分の気持ち。
写真に撮れるものでも、録音できるものでもないのに、なぜ、あのときの気持ちを覚えていられるのだろう?
風邪で休まなければ、いつも通り学校に行っていたわたし。その「わたし」になったつもりで布団の中にいるのは楽しかった。空席になっているはずの自分の席に座り、空想の中で給食を食べた。
子供のわたしが風邪で寝込んだだけで、家の空気ががらりと変わった。普段より家族の動きがゆっくりとなり、話す音量も小さくなった。その感じもよく覚えている。
母に、日に何度も食べたいものを聞かれ、来客用のストローでジュースを飲ませてもらった。仕事帰りの父はメロンを買ってきた。わたしのことが大切なんだなぁ。
ちょっと離れたところから自分を見ていたわたし。それは嬉しいとは別の、安堵のようなものであった。しかしながら、大人になってからの風邪は自己管理の甘さとも見られ、よほどでない限り、そう心配してもらえない。さらには、サボっているようで自分自身も落ち着かず、無理して起き上がり、結局、熱を上げてしまう・・・。
そんなとき、「週刊文春」の阿川佐和子さんと福岡伸一さんの対談を読み、少しほっとしたのである。
「アリとキリギリス」という童話がある。福岡さんいわく、「この話しはまったくもってアリとキリギリスの本質を分かっていない」。キリギリスはどのみち冬を越せぬはかない命であるらしい。「だがら享楽的でかまわないですよ」とおっしゃていた。ちなにみ、働きアリも短命であるとか。
キリギリスのようにサボっていたら・・・と案じるのではなく、風邪なのだし、享楽的に寝ていればよいのか。わたしはキリギリスになったつもりで、いろんな思い出のふたを布団の中で開けつづけた。(イラストレーター)

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