9月17日てんでんこ 祈り「2」仮安置

朝日新聞2018年9月12日3面:渡したかった、遺族の手に。市の納骨堂に納められた身元不明の遺骨を。 東日本大震災から8回目のお盆を前にした8月3日、宮城県気仙沼市の市斎場に隣接する施設に、黒ネクタイを締め、白手袋をした市職員が並んだ。一室を保管する身元不明の遺骨を、市の納骨堂に移すためだ。火葬許可証には、発見場所が「西側ガレキ集積場内」「沖の田海岸」「河口付近」、死亡時期が「平成23年3月11日午後頃推定」と記されたものもある。そんな震災犠牲とみられる遺骨は24柱。うち全身分は1柱で、残りは体の一部だけだ。身元不明の遺骨は発見場所の市町村が保管する。震災の場合、仮安置先のほとんどが行政の施設か地元の寺院だった。気仙沼市の施設には一時、110柱が並んだ。
3日後の6日、岩手県釜石市の墓地公園で納骨式が営まれた。弱い雨が降る中、市が新築した納骨堂に、市職員らが10人の身元不明遺骨の入る箱を納めた。読経と焼香が終わった後、仙寿院住職の芝崎恵応(62)があんどの表情から急に真顔に戻り、やや大きな声で言った。「渡したかった」。いま納めた遺骨を遺族の手に、と。あの日、高台にある寺には市民が津波から逃げてきた。避難者が寝泊まりする本堂の廊下は、次第に遺骨箱で埋まっていく。身元不明だけでも一時、115柱にのぼった。生前の信教はわからない。気仙沼市のような行政施設なら宗教色はない。釜石では地元の寺院が「仏教会」を立ち上げた。せめて宗派を超えて対応するためだ。会長だった芝崎の寺が代表して身元不明遺骨も預かった。そのまま7年余り、寺で弔い続けた。
釜石の納骨堂は「震災物故者」を納める。「身元不明者」とは限らなかった。いつまでも「身元不明」ではかわいそうだ。身元がわかっても遺族の事情で寺に残る遺骨もある。みんな、いつかはこの納骨堂に入れるように。芝崎らの配慮だった。震災から7年半が過ぎた。いまだ身元が判明しない遺骨の多くが、遺族と再会できないまま、行政の納骨堂に移っていく。釜石の北にある岩手県大槌町は、身元不明の遺骨が被災地で最多の70柱を数える。津波後の大火災で焼け、DNA型鑑定すら難しいとされる。すべては昨年、町が建てた納骨堂に入った。それまで預かっていたのは町内の三つの寺だった。 (佐々木達也、山浦正敬)

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