9月17日 平成とは20世紀のうちに「5」

朝日新聞2018年9月11日夕刊10面:青ざめた北方領土交渉 「今世紀の課題は今世紀中に」と掲げた首相の小渕恵三にとって、最大の難関はロシアとの北方領土交渉だった。旧ソ連に四島が終戦直後に占領され、約1万7千人が島を追われている。結論を言えば20世紀では解決しなかった。その余波で21世紀初めに大混乱した対ロ外交を私は取材しただけに、小渕内閣での顛末を確かめたかった。当時官房副長官だった鈴木宗男(70)に聞いた。小渕の前任の橋本龍太郎が1998年4月の首脳会談で、北方領土のすぐ北に国境線を引くが当面ロシアの施政を認める、という思い切った提案をしていた。乗りかけた大統領エリツィンを側近が制し返答を次回に持ち越す。小渕は首相就任から4カ月後のモスクワ訪問でいきなり正念場を迎えた。
11月12日、クレムリン。首脳会談を終えた小渕が青い顔で奥から現れた。健康不安を抱えるエリツィンもとぼとぼと去る。同行の鈴木が「どうでした?」と小渕に問うと「見ればわかる」とA4紙3枚を渡された。ロシアの回答だ。佐藤優(58)ら外務省職員が分担して訳すと、北方領土で「共同活動のため特別の法体制整備」との逆提案だった。返還を望む日本はとてものめなかった。それでも2000年3月末にプーチンが次期大統領に当選すると小渕は鈴木を首相特使に任じ、直後に倒れる。諦め切れない鈴木が四島のうち二島を先行返還させる案を一部の外務省官僚と探ったことが批判され、大騒ぎとなった取材に渡しも巻き込まれることになる。当時、外務省が橋本首相用に作った「領土問題解決の今後のオプション」という極秘の3案を報じることができた。橋本の98年4月の提案も、鈴木の二島先行返還案も、ここに原型がある。「今世紀中に」を果たせなかった後始末ができず、北方領土交渉は停滞が続く。私は択捉島を02年と16年に訪れ、ロシアが進めるインフラ整備とロシア人定住に複雑な思いを抱いた。(藤田直央)

 

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