9月16日 平成とは 20世紀のうちに「4」

朝日新聞2018年9月10日夕刊10面:深々と謝罪、破談回避 小渕恵三が首相に就任して4カ月後の1998年11月、日中平和友好条約締結20年の節目に国家主席の江沢民が訪れた。中国元首の来日は初めてだった。この首脳会談は、江が日本のかつて侵略について延々と述べたことで知られる。その3年後、私は同席した日本外務省関係者から気になる話を聞いた。会談中に小渕が深々と謝ったというのだ。東京の迎賓館で江は冒頭から歴史認識をめぐる発言を続け、30分になろうとしていた。会談が壊れかねない緊張感の中、小渕が突然「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。その勢いに江が気圧され、予定の議題に移ったという。
「戦争の加害者と被害者の友好などフィクションかもしれない。でも、それを現実に近づけるためにここまでやるという政治家の覚悟を感じた」。この関係者が語った小渕への共感は、当時首相の小泉純一郎(76)が靖国神社を参拝し、日中友好とは別の話だと語ったことへの違和感でもあった。
敗戦した日本は、連合国が「A級戦犯」を裁いた極東国際軍事裁判の判決を受け入れ、主権を回復した。72年の日中国交正常化も日本が侵略を「深く反省する」という前提でなされている。その日本の首相がA級戦犯を合祀する靖国神社に参拝すば「日中友好はフィクションだと開き直るようなものだ」と、その関係者は浮かない顔だった。小渕は首相在任中の靖国参拝を控えた。ただ、小渕の謝罪には別の見方がある。外相として同席した高村正彦(76)には、小渕が頭を下げたとまでは「記憶にない」。首脳会談前に共同宣言案を外相の唐家璇と詰めた際、唐が「おわび」の明記まで求めたものを拒み、口頭にとどめることにしていた。会談は「筋書き通り」に進んだという。翌年訪中した小渕との会談で江は歴史認識に触れなかった。同行した高村は「相手国の国民感情も大事だと日本で感じたんじゃないか」と思っている。 (藤田直央)

 

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