9月13日てんでんこ 音楽の力【15】

朝日新聞2017年9月9日3面:坂田明のサックスが闇を突き抜ける。「こんなときこそ、やらなくてどうする」 「僕なんか、テレビで津波の映像見ながら泣くことしかできなかった。何でもできない人間、役立たず。それでも、いろいろ考えた。役に立たない役ってあるんじゃないかって」
6月17日、ジャズミュージャン、坂田明(72)は岩手県大槌町にいた。太平洋を一望するホテルのロビー。カルテット「凡人譚」を率いて自作の曲「役立たず」を演奏した。あの日、同町だけで1200人以上の命を奪った海も、この日はべたなぎ。夕刻から始まった追悼ライブが進むにつれ、濃紺の空は墨汁が広がるように闇に溶けていった。
その闇を突き抜けるアルトサックスの炸裂音は、クラリネットのむせび泣きに変わり、今度はそのクラリネットを指揮棒のように手持ちにした坂田が突然、「役立たず、やみくもりもり・・・」と七五調に唸り、歌う。
みんなが役立つ人間ばかりだったら、世の中うまくいかない。東日本大震災直後、老舗のジャズ喫茶のマスターから「こんなときレコードかけていいのか」って聞かれた。だけど、遺体捜索に明け暮れる自衛官がぶらっと店に来て、何時間もジャズに耳を傾け「これでまた仕事に戻れます」と礼を言って帰っていく。俺たちだって、こんなときに歌舞音曲やってていいのかって自問する。でも、こんなときだからこそ、やらなくてどうするー。
演奏の合間に、坂田はそんな話をした。演奏に体を揺すって合いの手を入れていた聴衆は、静まり返った。「説教しているつもりはないんだ。今の話はなかったことに」。坂田が言うと、ようやくどっと笑いが起きた。町内には、岩手でも最も古い1964年開店のジャズ喫茶「クイーン」があった。坂田自身、同店の常連出演者だったが、海岸からすぐの役場前にあった店は、約2万枚のレコード屋CDとともに流され、跡形もない。
店主の佐々木賢一(75)は逃げて無事だった。だが、田舎町の大槌にジャズ文化を根付かせようと尽力してきたファンクラブ会長の菅谷義隆(当時62)は、行方不明のままだ。住民を高台に誘導しているときに津波に襲われたという。聴衆の中に、坂田の演奏をじっと見つめる菅谷の妻あや(60)がいた。
震災から3ヵ月後の2011年6月、店舗前のがれきの中で、ひとり「浜辺の歌」を吹く坂田の姿を思い出していた。(本田雅和)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

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