9月14日 サザエさんをさがして

朝日新聞2018年9月8日be3面:紙切り 正楽、あの揺れ方に憧れた とんでもないことが寄席で起きている。今作はその一部始終を波平フネ夫婦が目撃したドキュメンタリー、ではありません。紙切りが、客の注文するお題を一枚の紙で切り抜く。続いて上がった講談師が、置き忘れたハサミに気づき、爪を切る。本当にこんなことをしたら「人様の商売道具で何をする」と楽屋でつかみ合いになったに違いない。
灯台の紙切りの第一人者、三代目林家正楽さん(70)は、掲載作を見て「すっげー」。長谷川町子さんの妄想力に感心した。紙切りは自分でハサミを持ち歩くし、寄席では出番の合間に前座が支度をするので、ハサミが高座に残っていることはあり得ないからだ。注文で多いのは、大リーグの大谷翔平といったスポーツ選手、上野のパンダ。歌舞伎の「勧進帳」や「藤娘」も時折、声が掛かる。正楽さんには、切っている間にしゃべる鉄板ネタがある。「こないだ変なお客様がいらっしゃいまして。何でも切りますって言いましたら、お客様が真ん前で手を出すんです。何を切るんですか? 『爪を切って下さい』」。師匠の二代目正楽譲りだ。
色物とわきまえている。「しゃべる必要はないからね。それは落語家さんがやってくれるから、こっちは紙切りを見せて、ぽっぽっと一言二言でOKなんです」紙切りのハサミで爪を切ったことは? 「そんな恐ろしいことできません」。注文を断らないことを自負とする芸人にも、切れないものはあるようで。「お客さんに動きが大きく見える」と、ハサミは市販の、刃が長いものを使う。切るときに体を動かすのがおなじみだ。やりにくそうに思えるのが「生きているものは体を動かした方が、元気のあるものを切れる」らしい。
漫画のモデルは、大師匠の初代正楽とみる。1954年当時、寄席で紙切りをしていたのは正楽だけだったからだ。新倉典生著『正楽三代』(dZERO)によると、注文を取る紙切りは大正時代に初代が始めたという。当代が体を動かすのは、初代を見習った。「あの揺れ方に憧れましたもん」この頃、初代はテレビに出演、クイズ番組で紙切りを見せて「これは何でしょう?」と視聴者へ問いかけた。これがきっかけで「紙切りの正楽」が全国に知られることとなった。まあ、誰でもわかるはずの紙切りをクイズの問題にされたのは、気の毒ではある。
特注のハサミを使い始めたのもこの時期だ。1783(天明3)年創業の刃物店うぶけや。維新のころから東京の日本橋人形町に店を構える。八代当主の矢崎豊さん(65)は、初代に「青い鳥」のチルチルミチルといった西洋童話を切ってもらった。子ども心に「細っこいおじいさんだな」と思った。「初代正楽型」は刃先が薄くとんがって、軽い。注文した本人にしか造らない型だったが、2年前の没後50年を機に売り始めた。さびにくいハイカーボンステンレス製の1万8500円(税別)。もっとも、当代によると「持つところが丸くなくて、切りにくいよ」ということだが。とうとう「その日」が来たという。この夏の寄席、小学生ぐらいの男の子に「爪切って」と注文された。ここで正楽さん、しれっと「爪を切っている人」を切った。いざというときの返し技を持っているのが、名人だ。
(井上秀樹)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る