9月11日 平成とは 20世紀のうちに「1」

朝日新聞2018年9月5日夕刊6面:人気低迷からの出発 歴代首相が住んできた公邸から渡り廊下を通り官邸へ。首相の小渕恵三が出勤する。「おはようございます」「おはよう」 新聞・テレビ・通信各社の「総理番」たちに応え、2階執務室へ。記者たちは扉の脇に控え、首相の出入りや訪問者に備える。小渕が官房長官の時に新元号「平成」を掲げてから10年、20世紀の末にさしかかる頃、官邸の朝はそんな風に始まった。今は首相公邸として新官邸の隣に残る。築90年近い洋風の2階建てだ。
私は入社6年目で政治部に移り「小渕総理番」になった。番記者に新米が多いのは今も同じだが、小渕は番記者の問いかけに「国会質問に勝るとも劣らず大事にしている」とよく応じた。時事問題をやり取りする機会が10回を超す日もあった。国会や自民党本部との行き来、官邸内を会議、食事、トイレで動く時も。
かつて衆院で1選挙区から複数が当選した中選挙区制度で、定数4の群馬3区を中曽根康弘、福田赳夫という首相経験者に負けじと歩き、当選を重ねた。大物2人をビルに見立て、自称「ビルの谷間のラーメン屋」だった。自民党最大派閥の長から首相に上り詰めた1998年、バブル後の不況が続く世間は派閥丸抱えのリーダーに冷たく、内閣発足時の不支持率は47%と過去最悪。それでも電話をあちこちにかけて「ブッチホン」と呼ばれ、街へも繰り出し、ファンを増やしていった。小渕の言葉を番記者は録音しなかった。録音機を突きつけるのは失礼で、万一凶器になってもいけない。質問者1人だけがそばにつき、要人警護のSPの後ろで他社がメモする。首相自らネットや個別のメディア出演で発信するのがまれだった頃、身近に番記者がいた最後の首相といえるだろう。忘れられないフレーズがある。「今世紀の課題は今世紀中に解決を」だ。 =敬称略 (藤田直央)

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